『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル — 退屈な午後、ウサギを追いかけて穴の中へ

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白いウサギ、懐中時計、穴の底の不思議な世界。読んだことがなくても、絵本やアニメ、映画、雑貨のデザインでおなじみのイメージがたくさんあります。その出どころが、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』(原題 Alice's Adventures in Wonderland)です。1865年にイギリスで出版されてから、150年以上読みつがれてきました。

ただ、「よく知っている気がする」のと「実際に読んだ」のとでは、ずいぶん印象が違う作品でもあります。原作には、映像ではなかなか伝わらない、ことばそのものの面白さが詰まっているからです。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。中盤以降の展開や結末には触れません。

どんな本か――作者と時代

ルイス・キャロルはペンネームで、本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンといいます。1832年1月27日にイングランドのチェシャー州ダーズベリで生まれ、1898年1月14日にサリー州ギルフォードで亡くなりました。

本業は数学者です。オックスフォード大学のクライスト・チャーチで1855年に数学の講師の職を得て、26年にわたってその職にありました。1861年には英国国教会の執事(ディーコン)にも叙任されています。また、写真が普及しはじめたばかりの時代に熱心に写真を撮った人でもあり、1856年から1880年までの24年間に、およそ3,000枚の写真を残しました。

『不思議の国のアリス』の誕生には、よく知られたいきさつがあります。1862年7月4日、キャロルは友人のロビンソン・ダックワースとともに、ヘンリー・リデルの3人の娘を連れて、オックスフォードを流れる川(アイシス川)でボート遊びをしました。そのとき、娘たちにせがまれて即興で語ったお話が、この物語のもとになりました。

なかでもお話を気に入ったアリス・リデルが「書いてほしい」と頼み、キャロルは1864年11月、手書きの本『地下の国のアリス(Alice's Adventures Under Ground)』を彼女に贈ります。これを大きくふくらませたのが『不思議の国のアリス』で、1865年11月にロンドンのマクミラン社から出版されました。分量は手書き本のおよそ2倍になっています。

挿絵を描いたのはジョン・テニエルで、42点の木版画が収められました。テニエルは最初の刷りの印刷の出来に満足せず、そのため初刷りは回収され、刷り直されたといいます。続編の『鏡の国のアリス』は1871年に刊行されました。

日本でも早くから訳されてきました。日本語版ウィキペディアによれば、最初の翻訳はおそらく、明治41〜42年(1908〜1909年)に雑誌『少女の友』に載った『アリス物語』だろうとされています。

物語の入り口――「絵も会話もない本なんて」

物語は、ある暑い日の午後に始まります。アリスは川の土手で、お姉さんのそばに座っていました。お姉さんは本を読んでいますが、のぞいてみると、その本には絵も会話もありません。退屈したアリスはこう思います。

"and what is the use of a book," thought Alice "without pictures or conversations?"

(絵も会話もない本なんて、何の役に立つのかしら、とアリスは思いました。)

暑さでぼんやりしながら、ひなぎくの花輪でも作ろうかと考えていたそのとき、ピンクの目をした白いウサギが、すぐそばを駆けていきます。それだけなら、べつに珍しいことではなかった、と語り手は言います。ところがこのウサギ、「たいへんだ、たいへんだ、遅れてしまう!」とひとりごとを言い、チョッキのポケットから懐中時計を取り出して時間を確かめ、また急いで走り出したのです。

チョッキを着て時計を持ったウサギなんて、見たことがありません。好奇心に駆られたアリスは、ウサギを追いかけて、生け垣の下の大きなウサギ穴に飛びこみます。穴は井戸のように深く、アリスは長い長いあいだ、ゆっくりと落ちていきます。

たどり着いたのは、扉がずらりと並んだ天井の低い広間でした。扉はどれも鍵がかかっています。ガラスのテーブルの上に小さな金の鍵を見つけたアリスは、カーテンの陰に隠れていた、高さ40センチほどの小さな扉を開けてみます。その向こうには、見たこともないほど美しい庭が広がっていました。けれど、扉が小さすぎて、頭さえ通りません。そんなアリスの前に、「わたしをお飲み(DRINK ME)」という札のついた小さな瓶が現れて――。

アリスがどうやって庭をめざし、そこで誰と出会うのか。それはぜひ本で確かめてください。

読みどころ――ことばで遊ぶ物語

一つ目の読みどころは、言葉遊びです。この本にはだじゃれや、ことばの意味を文字どおりに受け取ったやりとりがたくさん出てきます。英語の音や二重の意味を利用したものが多く、翻訳者が日本語でどう工夫しているかを見くらべるのも、この作品ならではの楽しみです。

二つ目は、パロディの詩です。作中でアリスが暗唱しようとする詩や歌の多くは、当時の子どもたちが教訓として覚えさせられていた有名な詩や童謡を、とぼけた内容に作りかえたものです。元の詩を知らなくても笑えるように作られていますが、知っていればなおさら楽しめます。お説教くさい詩をひっくり返すユーモアには、当時の読者もにやりとしたはずです。

三つ目は、筋の通らない世界で、筋を通そうとするアリスの姿です。不思議の国の住人たちは、もっともらしい理屈をこねながら、話をとんでもない方向へ持っていきます。そのたびにアリスは、知っている決まりごとや習ったことを思い出して、なんとか納得しようとします。数学者だったキャロルらしく、論理のねじれ方そのものが笑いになっているのです。こうした作品は「ナンセンス文学」と呼ばれ、この本はその代表として読まれてきました。

そしてもちろん、テニエルの挿絵です。文章と絵がしっかり結びついているので、挿絵つきの版で読むと、場面がぐっと生き生きしてきます。

こんな人におすすめ

  • アニメや映画でアリスを知っていて、原作のことばの面白さにふれてみたい人
  • 理屈っぽい会話やことば遊びが好きな人
  • 子どもと一緒に、少し不思議な古典を読みたい人
  • 短めの作品で、イギリス児童文学の古典に入門したい人

邦訳・版の案内

多くの訳者が手がけてきた作品で、文庫だけでもいくつもの訳があります。

角川文庫からは、河合祥一郎訳が2010年に出ています。テニエルの挿絵を収めた版で、原作と同じ絵とともに読みたい方に向いています。

新潮文庫からは、矢川澄子訳が1994年に出ています。こちらは挿絵が金子國義によるもので、テニエルとはまったく違う雰囲気のアリスに出会えます。

言葉遊びをどう日本語にしているかは訳によってかなり違います。書店で最初の数ページを読みくらべて、しっくりくる一冊を選んでみてください。

白いウサギが時計を取り出す一瞬を読んだら、あなたもきっと、アリスと一緒に穴へ飛びこんでいます。

English version of this review: Alice's Adventures in Wonderland

参考

  • Wikipedia「Alice's Adventures in Wonderland」(1865年11月にマクミラン社から刊行・テニエルの挿絵42点・1862年7月4日のボート遊び・手書き本『地下の国のアリス』と刊行本の分量が約2倍であること・続編の刊行年・言葉遊びとパロディ詩・ナンセンス文学としての位置づけ) https://en.wikipedia.org/wiki/Alice%27s_Adventures_in_Wonderland
  • Wikipedia「Lewis Carroll」(本名・生没年と生没地・クライスト・チャーチの数学講師・写真・執事の叙任) https://en.wikipedia.org/wiki/Lewis_Carroll
  • Project Gutenberg「Alice's Adventures in Wonderland by Lewis Carroll」(eBook #11・第1章の内容と引用の原文) https://www.gutenberg.org/ebooks/11
  • Wikipedia(日本語)「不思議の国のアリス」(日本での初期の翻訳) https://ja.wikipedia.org/wiki/不思議の国のアリス
  • KADOKAWA『不思議の国のアリス』角川文庫・河合祥一郎訳・テニエルの挿絵(2010年2月25日発売) https://www.kadokawa.co.jp/product/200901000532/
  • 新潮社『不思議の国のアリス』新潮文庫・矢川澄子訳・金子國義絵(1994年3月1日発売) https://www.shinchosha.co.jp/book/240101/