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「かわいそうな孤児の話」だと思って開くと、たぶん最初の数ページで驚きます。シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』(原題 Jane Eyre)の主人公は、理不尽な扱いを黙って耐えるだけの少女ではありません。怒るときは怒り、言い返すときは言い返す。1847年にイギリスで出版されたこの長編は、そんな一人の女性が、自分の言葉で自分の人生を語る物語です。
今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。結末や後半の展開には触れません。
どんな本か――作者と時代
作者のシャーロット・ブロンテは、1816年4月21日にイギリス北部ヨークシャーのソーントンで生まれ、1855年3月31日、同じヨークシャーのハワースで38歳で亡くなりました。
『ジェイン・エア』の初版は1847年10月19日、ロンドンのスミス・エルダー社から出ています。本に作者の本名はなく、「カラー・ベル(Currer Bell)」という筆名が使われました。題名には「自伝(An Autobiography)」という副題がついていて、物語はジェイン自身が「わたし」として自分の半生を振り返る形で進みます。この一人称の語りが、作品のいちばんの魅力につながっています。
物語の入り口――ゲーツヘッドの「赤い部屋」
ジェインは十歳。両親を数年前に亡くし、母方の伯父の家であるリード家に引き取られて、ゲーツヘッドという屋敷で暮らしています。ただ一人やさしかった伯父のリード氏はすでに亡く、伯母のリード夫人はジェインを疎んじ、いとこのジョンは、ジェインが居候の身であることをなじっていじめます。ある日、たまりかねたジェインはジョンにやり返し、罰として「赤い部屋」に閉じ込められます。そこは、伯父が息を引き取った部屋でした。
この出来事をきっかけに、ジェインは慈善学校のローウッドへ送られます。厳しい校長ブロクルハーストのもとでの暮らしのなかで、彼女はヘレン・バーンズという少女と友だちになります。やがてローウッドで学び、教師としても働いたのち、ジェインは家庭教師の職を求めて広告を出します。返事をくれたのは、ソーンフィールドという屋敷の家政婦フェアファックス夫人。ジェインはそこで、フランス生まれの少女アデールの家庭教師になります。アデールの後見人(親に代わって世話をする人)は、屋敷の主人ロチェスター――ここから先は、ぜひ本で確かめてください。
読みどころ――窓辺の少女と、率直な「わたし」の声
書き出しは、拍子抜けするほどさりげない一文です。
There was no possibility of taking a walk that day.
(その日は、散歩に出られそうになかった。)
冷たい冬の風と雨で外に出られない午後、ジェインは窓辺の腰掛けにあがり、赤いカーテンを引いて、鳥の図鑑を眺めています。家族の輪から外された少女が、カーテンの陰に自分だけの居場所をつくっている――この小さな場面だけで、彼女の孤独と、本の世界に逃げ場を見つけていることが伝わってきます。
一つめの読みどころは、語り手ジェインの率直さです。子どもの目で見た大人の身勝手さ、理不尽への怒り、自分でも持て余す気持ち。それを飾らずに語る声が、170年以上前の小説とは思えない近さで響きます。
二つめは、お金や身分、見た目で人の値打ちが決められてしまう社会のなかで、自分の居場所と誇りを探しつづける主人公の姿です。家庭教師という、使用人でも家族でもない立場に立つジェインの目を通すと、屋敷の人間関係がくっきり見えてきます。
三つめは、物語の空気です。古い屋敷、長い廊下、どこか落ち着かない気配。恋愛小説でありながら、ページのあちこちに不穏な影がさしていて、先が気になって手が止まらなくなります。
こんな人におすすめ
- 逆境のなかでも自分を曲げない主人公に励まされたい人
- 恋愛小説が好きで、甘さだけではない読みごたえを求める人
- 古い屋敷や、少し謎めいた雰囲気のある物語が好きな人
邦訳は複数の出版社から出ています。たとえば新潮文庫の大久保康雄訳(題は『ジェーン・エア』)、岩波文庫の河島弘美訳、光文社古典新訳文庫の小尾芙佐訳(どちらも『ジェイン・エア』)で、いずれも上下巻です。「ジェーン」と「ジェイン」、表記が違っても同じ作品です。書店で最初の数ページを読みくらべて、しっくりくる訳を選んでください。
雨の午後、カーテンの陰で本を開く少女に出会ったら、あとは彼女の声についていくだけです。
English version of this review: Jane Eyre
参考
- Project Gutenberg「Jane Eyre: An Autobiography by Charlotte Brontë」(eBook #1260・本文と書き出しの一文・第1章の場面) https://www.gutenberg.org/ebooks/1260
- Wikipedia「Charlotte Brontë」(生没年・生没地・筆名カラー・ベル) https://en.wikipedia.org/wiki/Charlotte_Bront%C3%AB
- Wikipedia「Jane Eyre」(初版の刊行日・出版者・副題・一人称の語り・序盤の設定) https://en.wikipedia.org/wiki/Jane_Eyre
- 新潮社『ジェーン・エア〔上〕』新潮文庫・大久保康雄訳 https://www.shinchosha.co.jp/book/209801/
- BOOK☆WALKER「ジェイン・エア(岩波文庫)」岩波書店・河島弘美訳・全2冊 https://bookwalker.jp/series/262550/
- 光文社古典新訳文庫『ジェイン・エア(上)』小尾芙佐訳 https://www.kotensinyaku.jp/books/book16/
