『レベッカ』ダフネ・デュ・モーリア — 名前のない「わたし」が、コーンウォールの屋敷マンダレーへ嫁ぐ物語

この記事にはアフィリエイト広告(もしもアフィリエイト)のリンクが含まれます。

物語の語り手は、作中で名前が明かされない若い女性です。そして本の題名になっている「レベッカ」は、その語り手ではなく、彼女が出会う男性の、すでに亡くなった最初の妻の名前です。

ダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』(原題 Rebecca)は、1938年にイギリスで出版されました。それ以来一度も絶版になったことがない、ロマンス小説の古典です。アルフレッド・ヒッチコック監督の映画で名前を知っている方も多いかもしれません。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。中盤以降の展開や結末には触れません。

どんな本か――作者と時代

ダフネ・デュ・モーリアは、1907年5月13日にロンドンで生まれました。父ジェラルドは俳優で、劇場の経営もしていた人物。祖父のジョージ・デュ・モーリアは、イギリスの雑誌『パンチ』の漫画家で、小説『トリルビー』の作者でもありました。文学と舞台に囲まれた家に育ったことになります。

一家はイギリスのコーンウォール地方、フォイという町に夏の家をもっていました。1931年に最初の長編を出し、1936年には長編 Jamaica Inn を発表。その2年後に世に出たのが『レベッカ』でした。

デュ・モーリア自身は、この小説を「嫉妬の研究」だと位置づけていました。また、フォイの近くにあるメナビリーという屋敷とこの土地の思い出、そして父との関係が、物語のもとになったとも語っています。のちの1943年、彼女はそのメナビリーを借りて住むことになります。

1938年8月5日、イギリスのヴィクター・ゴランツ社から刊行。出版社は初版を2万部刷りましたが、1か月のうちにその2倍を超える部数が売れました。1938年から1965年までの売り上げは280万部にのぼります。アメリカでは、アメリカ書店協会の会員の投票で選ぶ全米図書賞の「1938年の好きな小説」に選ばれました。2003年にイギリスのBBCが行った「ビッグ・リード」という、国民が好きな本を選ぶ大規模な投票でも14位に入っています。

1940年には、アルフレッド・ヒッチコック監督が映画にし、アカデミー賞の作品賞を受けました。2020年にも新たに映画化され、ミュージカルにもなっています。

デュ・モーリアはその後も、長編 My Cousin Rachel(1951年)や短編「鳥」(1952年)などを書きつづけ、1969年にはデイムの称号を受けました。デイムとは、イギリスの大英帝国勲章にともなって女性に贈られる称号です。1989年4月19日、81歳で、コーンウォールのパーにある自宅で亡くなっています。

物語の入り口――モンテカルロでの出会い

物語は、20代前半の「わたし」が、保養地モンテカルロに滞在しているところから動きだします。わたしは、裕福なアメリカ人女性ヴァン・ホッパー夫人の付き添い役として雇われていて、夫人の休暇のお供をしているのです。

そこでわたしは、マキシム・ド・ウィンターという42歳の男性と出会います。マキシムは、コーンウォールに「マンダレー」という屋敷をもつ裕福な紳士で、1年ほど前に妻のレベッカを亡くしていました。

年の大きく離れた二人は、モンテカルロで2週間ほどをともに過ごし、結婚します。こうしてわたしは「二人目のド・ウィンター夫人」として、マンダレーへ向かうことになりました。

屋敷の家事を取りしきっているのは、家政婦長のダンヴァース夫人です。ダンヴァース夫人は、かつてレベッカ付きの侍女(奥さまの身の回りの世話を受けもつ係)でもありました。

コーンウォールの屋敷と、かつてそこで暮らしていた「最初の妻」。新しい女主人となったわたしの日々が、ここから始まります。その先は、ぜひ本でたしかめてください。

読みどころ――名前のない語り手の目で見る、屋敷の世界

一つ目の読みどころは、語り手に名前がないという仕掛けです。読者はずっと、「わたし」の目と心を通して物語を見ることになります。名前がないぶん、読み手は自分を重ねやすく、彼女が感じる気おくれや戸惑いを、自分のことのように味わいます。対照的に、もうこの世にいない最初の妻には、題名になるほどの強い名前がある。その不思議な関係そのものが、この小説の大きな魅力です。

二つ目は、屋敷マンダレーとコーンウォールの風景です。家族の夏の家があり、のちに自分も移り住んだコーンウォールの記憶が、物語の土台になっています。読んでいるうちに、まるで自分もその土地を歩いているような気持ちになります。この作品は、ロマンスであると同時に「ゴシック小説」にも分類されてきました。ゴシック小説とは、古い城や屋敷などを舞台に、張りつめた不安な空気を描く小説の型のことです。

三つ目は、作者自身が「嫉妬の研究」と呼んだ、心の動きの細やかさです。ほんの小さな言葉や視線に、わたしの心は大きく揺れます。若い人が見知らぬ場所に飛びこみ、自分には分不相応だと感じながら、そこに居場所を見つけようとする。その心の揺れは、時代や国がちがっても、多くの人が覚えのあるものではないでしょうか。

また、『ジェイン・エア』との共通点を指摘する読み手もいます。両方を読みくらべて、似ているところと違うところを探すのも楽しい読み方です。

もうひとつ、映画を先に観た方にも原作をすすめたい理由があります。映画では、カメラが「わたし」を外から映します。けれど小説では、読者はずっと彼女の内側にいます。口に出せなかった思い、ふと胸をよぎる不安、うまく振る舞えたときの小さな安堵。そうした一つひとつが、ことばになってページに残っています。同じ物語でも、小説で読むとまったく別の手ざわりがあるはずです。

こんな人におすすめ

  • ヒッチコックの映画で名前を知っていて、原作の小説を読んでみたい人
  • 『ジェイン・エア』が好きで、くらべて読める作品を探している人
  • 登場人物の心の動きをじっくり追う小説が好きな人
  • 上下2冊の長い物語に、腰をすえて浸りたい人

邦訳・版の案内

『レベッカ』は、原作が出た翌年の1939年に、早くも大久保康雄の訳で日本に紹介されました。当時の書名は『レベッカ 若き娘の手記』で、のちに河出書房の世界文学全集にも同じ題で収められました。この大久保訳は、1971年には新潮文庫にも入っています。

新しい訳としては、新潮文庫の茅野美ど里訳『レベッカ』(上・下、2008年)があり、新潮社のウェブサイトにも上巻・下巻のページが載っています(2026年10月に確認)。同じ茅野美ど里訳は、前年の2007年に新潮社から単行本でも出ています。上下2冊の長編ですが、上巻を読み始めれば、下巻へと手がのびるはずです。

モンテカルロで出会った紳士の向こうに、コーンウォールの屋敷が待っています。ページを開いて、わたしと一緒にマンダレーへの道をたどってみてください。

English version of this review: Rebecca

参考

  • Wikipedia「Rebecca (novel)」(1938年8月5日にイギリスのヴィクター・ゴランツ社から刊行・初版2万部を発注し1か月でその2倍以上が売れたこと・1938〜1965年に280万部・1938年以来絶版になっていないこと・ゴシック/ロマンスなどに分類されること・作者自身が「嫉妬の研究」と位置づけたこと・メナビリーとコーンウォールの記憶、および父との関係にもとづくと作者が語ったこと・『ジェイン・エア』との共通点が指摘されていること・語り手に名前がないこと・語り手が20代前半でアメリカ人の富豪ヴァン・ホッパー夫人の付き添い役として、休暇中の夫人とモンテカルロにいること・42歳の裕福な男やもめマキシム・ド・ウィンターとの出会い・その妻レベッカが1年前に亡くなっていること・2週間ほどの交際で結婚しコーンウォールの屋敷マンダレーへ向かうこと・ダンヴァース夫人が家政婦長でレベッカのかつての侍女であること・1940年のアルフレッド・ヒッチコック監督の映画がアカデミー作品賞を受けたこと・1938年の全米図書賞(アメリカ書店協会の会員の投票による「好きな小説」部門)・2003年BBC「ビッグ・リード」で14位) https://en.wikipedia.org/wiki/Rebecca_(novel)
  • Wikipedia「Daphne du Maurier」(1907年5月13日ロンドン生まれ・1989年4月19日コーンウォールのパーで81歳で死去・父が俳優で劇場主のジェラルド・デュ・モーリア・祖父が『パンチ』誌の漫画家で『トリルビー』の作者ジョージ・デュ・モーリア・一家がコーンウォールのフォイに夏の家をもっていたこと・1943年からフォイ近くのメナビリーを借りて住んだこと・デイムの称号が大英帝国勲章のデイム・コマンダー(DBE)であること・最初の長編 The Loving Spirit が1931年・Jamaica Inn が1936年・My Cousin Rachel が1951年・短編 The Birds が1952年・1969年にデイムの称号・1965年に夫と死別) https://en.wikipedia.org/wiki/Daphne_du_Maurier
  • Wikipedia「Gothic fiction」(古い城や屋敷などを舞台に、恐れや不安の空気を描く文学の型であること) https://en.wikipedia.org/wiki/Gothic_fiction
  • Wikipedia(日本語)「レベッカ (小説)」(日本語訳の一覧・大久保康雄訳が1939年に三笠書房から『レベッカ 若き娘の手記』の題で出たこと・1960年に河出書房の世界文学全集に同じ題で入ったこと・1971年に新潮文庫・茅野美ど里訳が2008年に新潮文庫・2020年の再映画化・ミュージカル化) https://ja.wikipedia.org/wiki/レベッカ_(小説)
  • 国立国会図書館サーチ『鳥 : デュ・モーリア傑作集』創元推理文庫・務台夏子訳・2000年(短編 The Birds の邦題「鳥」) https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002940291
  • 国立国会図書館サーチ『レベッカ』上巻・下巻 新潮文庫・茅野美ど里訳・2008年/単行本『レベッカ』新潮社・茅野美ど里訳・2007年 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009287425
  • 新潮社『レベッカ〔上〕』新潮文庫・茅野美ど里訳・2008年2月28日発売 https://www.shinchosha.co.jp/book/200203/
  • 新潮社『レベッカ〔下〕』新潮文庫・茅野美ど里訳・2008年2月28日発売 https://www.shinchosha.co.jp/book/200204/