『ホビットの冒険』J・R・R・トールキン — 家から出たくない主人公の、思いがけない旅

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「ファンタジー」と呼ばれる物語の源流をたどると、必ず名前が挙がる一冊があります。J・R・R・トールキンの『ホビットの冒険』(原題 The Hobbit)。1937年にイギリスで出版され、のちの『指輪物語』へとつながっていく物語です。

といっても、構えて読む必要はありません。主人公は、心地よい家でのんびり暮らすのが何より好きな、小さな住人。そんな人物が、ある日とつぜん大冒険に引っぱり出される――というお話です。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。結末や後半の展開には触れません。

どんな本か――作者と時代

作者のJ・R・R・トールキンは、1892年1月3日にオレンジ自由国のブルームフォンテーン(現在の南アフリカ)で生まれ、1973年9月2日にイギリスのボーンマスで亡くなりました。本業はオックスフォード大学の教授で、1925年から古英語(アングロ・サクソン語)を教えた、ことばと古い伝説の研究者でした。

『ホビットの冒険』が生まれたきっかけは、よく知られています。1930年代のはじめ、試験の答案を採点していたトールキンは、白紙のページを見つけ、ふと思いついて「ホビット」という生きものについての一文を書きつけました。そこから物語がふくらみ、1937年9月21日、イギリスのジョージ・アレン・アンド・アンウィン社から出版されます。原書の副題は「ゆきて帰りし物語(There and Back Again)」。挿絵や表紙カバーの絵も、トールキン自身が手がけました。

出版後の評判は上々で、アメリカの新聞ニューヨーク・ヘラルド・トリビューンから、1938年の最優秀児童文学として賞も受けています。続編を求められて書かれたのが、1954〜55年に刊行された『指輪物語』です。

物語の入り口――冒険が嫌いなホビットの家に、客がやってくる

ホビットとは、人間より背が低く、毛の生えた足をもち、地面の下の穴の家に住む種族です。主人公のビルボ・バギンズは、「バッグ・エンド」という家に暮らす、きちんとしていて暮らし向きのよいホビット。冒険などという、落ち着かないものとは無縁の生活を送っています。

そこへ、魔法使いのガンダルフが現れます。ガンダルフにうまくのせられて、ビルボはなぜか、トーリン・オーケンシールドを頭とする十三人のドワーフを家に迎えて、もてなすはめになります。ドワーフたちの目的は、はなれ山(原文では Lonely Mountain)にあった故郷と宝を、そこに居すわる竜スマウグから取りもどすこと。そしてガンダルフは、この旅の「泥棒役(原文では burglar)」として、ビルボを推薦するのです。

ドワーフたちに笑われながらも、ビルボは旅に加わることになります。家の外をほとんど知らないホビットが、この先どんな道を行くのか――それはぜひ本で確かめてください。

読みどころ――語りかける語り手と、ふつうの人の勇気

一つ目の読みどころは、語り口です。この物語には、ときどき読者に直接話しかけてくる語り手がいます。読み聞かせてもらっているような親しみやすさがあり、子どもも大人も入りやすいのはそのためです。

二つ目は、主人公がいわゆる「英雄」ではないことです。ビルボは剣の達人でも王子でもなく、住み慣れた家での暮らしを愛する人物。そんな人が、知らない土地で困りごとに出会うたびにどう振る舞うのか。その小さな一歩一歩に心をつかまれます。

そして、トールキンが言語と伝説の研究者だったことも、この物語の味わいになっています。地名や種族の名前、古い伝説のような言い回しが、作りものとは思えない手ざわりで物語に厚みを与えています。

こんな人におすすめ

  • 『指輪物語』や映画は知っているけれど、原点を読んだことがない人
  • 長いファンタジーはハードルが高いので、まず一冊で入れる作品を探している人
  • 子どもと一緒に、冒険の本を読みたい人

邦訳・版の案内

岩波書店から瀬田貞二訳が出ています(初版1965年)。手軽なのは岩波少年文庫の上下巻で、書籍ページでは小学5・6年からが目安とされています。トールキン自身の装画と挿絵を収めた『オリジナル版 ホビットの冒険』(1冊本)もあります。

また、原書房からは山本史郎訳が『ホビット ゆきてかえりし物語』という題で出ています。ダグラス・A・アンダーソンの詳しい注釈つきで、2012年に新版として刊行されました。題名が違っても同じ作品です。自分に合う訳を選んでみてください。

ビルボの家の扉がたたかれる最初の章を読み終えたら、あなたもきっと、旅の一行に加わっています。

English version of this review: The Hobbit

参考

  • Wikipedia「The Hobbit」(初版の刊行日・出版社・副題・作者自身の挿絵・序盤の設定・受賞) https://en.wikipedia.org/wiki/The_Hobbit
  • Wikipedia「J. R. R. Tolkien」(生没年と生没地・オックスフォード大学での職・『指輪物語』の刊行年) https://en.wikipedia.org/wiki/J._R._R._Tolkien
  • Wikipedia(日本語)「ホビットの冒険」(日本語訳の一覧・訳者・初版年) https://ja.wikipedia.org/wiki/ホビットの冒険
  • 岩波書店『ホビットの冒険(上)』岩波少年文庫・瀬田貞二訳 https://www.iwanami.co.jp/book/b269533.html
  • 岩波書店『オリジナル版 ホビットの冒険』瀬田貞二訳・トールキン自身の装画と挿絵 https://www.iwanami.co.jp/book/b254590.html
  • 原書房『新版 ホビット ゆきてかえりし物語』山本史郎訳・ダグラス・A・アンダーソン注 http://www.harashobo.co.jp/book/b369655.html