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「宇宙から、地球に何かがやって来る」。いまでは誰もが思い浮かべられる、この筋書きの原点ともいえる小説があります。H・G・ウェルズの『宇宙戦争』(原題 The War of the Worlds)。1898年に本になった、120年以上前のSFです。
宇宙人が地球に来る映画やドラマは、数えきれないほど作られてきました。けれど、その多くがさかのぼっていく「元の話」を、原作で読んだことのある人は多くないかもしれません。しかもこの物語の舞台は、宇宙でも大都会でもなく、ロンドン近くのサリー州にある実在の町です。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。中盤以降の展開と結末には触れません。
どんな本か――作者と時代
作者のH・G・ウェルズ(1866〜1946年)は、イギリスの作家です。この作品と深く結びついているのが、イングランドのサリー州にあるウォーキングという町です。
ウェルズは1895年5月、のちに妻となるエイミー・キャサリン・ロビンズと一緒にウォーキングへ移り、メイベリー・ロードの家を借りて、1年半ほど暮らしました(2人はその年の10月に結婚しています)。午前中は散歩や自転車で近所を回り、午後は机に向かう。そうした毎日のなかで、ウェルズはこの小説を構想し、書き上げました。自転車で走りながら、物語の舞台にする場所を下見していたことも知られています。だからこの物語には、ウォーキングやその周辺の実在の地名が、次々に出てきます。
作品が世に出たのは1897年です。イギリスでは雑誌『ピアソンズ・マガジン』に4月から12月まで、アメリカでは『コスモポリタン』誌に連載されました。翌1898年、ロンドンのウィリアム・ハイネマン社から単行本になっています。
時代の空気も見逃せません。1877年、天文学者ジョヴァンニ・スキアパレッリが火星の表面に見えた筋を「カナリ(溝)」と呼び、1895年にはパーシヴァル・ローウェルが、それは知的な生き物が造った水路かもしれない、と本に書きました。さらに1894年8月には、フランスの天文学者が火星に「奇妙な光」を見たと報告しています。ウェルズはこの報告を、物語の冒頭に取り入れました。「火星には誰かがいるのでは」という想像が、当時の人々にとって、いまよりずっと身近だったのです。
物語の入り口――砂地に埋まった、大きな円筒
語り手は、ウォーキング近郊のメイベリーに住む「私」。作中で名前は明かされません。ウェルズ自身が暮らした通りと同じ名の土地に、語り手も住んでいるわけです。
物語は、のちにすべてを振り返る語り手の回想として始まります。19世紀の終わり、人間は自分たちの暮らしに夢中で、宇宙のどこかから見られているとは、誰も考えていなかった――。
ある夜、「私」は知り合いの天文学者オグルヴィに招かれ、近くのオタショーにある観測所で望遠鏡をのぞきます。火星では、ガスが噴き出すような不思議な現象が続けて観測されていました。それでもオグルヴィは、火星に生き物がいるという考えを笑い飛ばします。
それからしばらくして、流れ星のようなものがウォーキングの近くに落ちます。夜が明けてから見に行ったオグルヴィが見つけたのは、ホーセル・コモンという原っぱの砂取り場に半ば埋もれた、大きな円筒でした。隕石ではありません。人の手で作られたような、中が空洞の筒です。しかも、その蓋がゆっくりと回り、内側から外されようとしている――。
オグルヴィはウォーキングの町へ走り、記者のヘンダーソンに知らせます。うわさはあっという間に広がり、砂取り場のまわりには、見物の人々が集まってきました。「私」もその人だかりの中にいます。筒の中には何がいるのか。その先は、ぜひ本で確かめてください。
読みどころ――「知っている町」が舞台になるこわさ
一つ目の読みどころは、舞台の近さです。この物語には、未来都市も宇宙船の操縦席も出てきません。出てくるのは、町の駅や道、砂取り場、そして見物に集まった近所の人たち。ふだん通りの郊外の暮らしのなかに、ひとつだけ「ありえないもの」が置かれる。その落差が、読み手をじわじわと物語に引き込みます。地図アプリでウォーキングの周辺を開きながら読むと、地名が実在の場所として立ち上がってきて、いっそう楽しめます。
二つ目は、ルポルタージュのような語り口です。語り手は、自分が見たこと、人から聞いたことを、記録を残すように順を追って書いていきます。英雄の冒険談ではなく、巻き込まれた一人の市民の目で語られることで、物語はぐっと現実味を帯びます。
三つ目は、物語の奥にある問いです。ウェルズはのちに、この作品の着想のひとつは、ヨーロッパの植民地化がタスマニアの先住民にもたらした惨禍だったと語っています。そのためこの小説は、帝国主義への批判としても読まれてきました。当時の読者がいつも立っていた側とは逆の立場から世界を見せる物語として、読まれてきたのです。楽しい空想の奥に、そんな鋭い問いが潜んでいます。
最後に、この作品の影響の大きさにも触れておきます。異星人の侵略を描いた物語はこれ以前にもありましたが、この作品はその草分けとされ、「火星人」という言葉を広めました。1938年10月30日には、アメリカのCBSラジオでオーソン・ウェルズがこの物語をラジオドラマにしています。前半はニュース速報のような形で放送されたため、「本物と勘違いした聞き手がパニックになった」と伝えられてきました。ただし、当時の新聞が騒ぎを大げさに書いたもので、実際の混乱はずっと小さかった、とする研究もあります。映画にも1953年と2005年に、音楽アルバムにも1978年になっていて、今も形を変えて語り直され続けています。
こんな人におすすめ
- 宇宙人ものの映画やゲームが好きで、その「元の話」を読んでみたい人
- 派手な戦いより、日常が少しずつ揺らいでいく怖さに惹かれる人
- 実在の土地を舞台にした物語を、地図を片手に読むのが好きな人
- 古典SFを、歴史や社会の見え方と結びつけて味わいたい人
邦訳・版の案内
日本では早くから訳されてきた作品で、1915年には光用穆の訳による『科学小説 宇宙戦争』が出ています。1941年には『火星人との戦争』という題の訳も出ました。
文庫では、2005年に次の訳が相次いで刊行されています。東京創元社の創元SF文庫からは、中村融訳『宇宙戦争』。早川書房のハヤカワ文庫SFからは、斎藤伯好訳『宇宙戦争』。角川文庫からは、小田麻紀訳『宇宙戦争』。偕成社文庫からは、雨沢泰訳『宇宙戦争』。手に入るかどうかは、書店や電子書籍ストアで確かめてみてください。
同じ物語でも、訳によって語り手の声の響きは変わります。書店や電子書籍の試し読みで、冒頭の数ページを読みくらべてみてください。
ある夜明け、ホーセル・コモンの砂地にできた人だかりの中に、あなたも立っているはずです。
English version of this review: The War of the Worlds
参考
- Wikipedia「The War of the Worlds」(1897年に英『ピアソンズ・マガジン』(4〜12月)と米『コスモポリタン』に連載・1898年にウィリアム・ハイネマン社から単行本・名前の明かされない語り手による一人称・19世紀末のサリー州とロンドンが舞台・ウェルズが1895年に結婚してウォーキングに移り、午前は散歩や自転車、午後は執筆という日々のなかで舞台の土地を下見したこと・1894年8月にフランスの天文学者が報告した火星の「奇妙な光」を冒頭に使ったこと・1877年にジョヴァンニ・スキアパレッリが火星の線状の模様を「カナリ」と呼んだこと・1895年にパーシヴァル・ローウェルが著書『火星』で知的な生き物の造った水路かもしれないと述べたこと・ヨーロッパの植民地化がタスマニアの先住民にもたらした惨禍が着想のひとつだと、ウェルズがのちに述べたこと・帝国主義への批判として読まれてきたこと・異星人侵略ものの草分けとされること(先行作もあること)・「火星人」という語を広めたこと・1953年と2005年の映画・1978年のジェフ・ウェインの音楽アルバム) https://en.wikipedia.org/wiki/The_War_of_the_Worlds
- Wikipedia「H. G. Wells」(生没年と生没地・1895年5月にエイミー・キャサリン・ロビンズとウォーキングのメイベリー・ロードの家を借りて18か月弱暮らしたこと・同年10月の結婚・この小説をウォーキングで構想し書いたこと) https://en.wikipedia.org/wiki/H._G._Wells
- Wikipedia「The War of the Worlds (1938 radio drama)」(1938年10月30日・CBSラジオ『マーキュリー劇場』・オーソン・ウェルズの演出と語り・前半がニュース速報を模した形式・当時の新聞が騒ぎを誇張したとする研究) https://en.wikipedia.org/wiki/The_War_of_the_Worlds_(1938_radio_drama)
- Project Gutenberg「The War of the Worlds by H. G. Wells」(eBook #36・第1部第1〜3章の内容・人間が火星から見られていると気づかなかったという回想で始まること・天文学者オグルヴィとオタショーでの観測・火星でガスの噴出が観測されていたこと・オグルヴィが火星の生命を否定したこと・語り手がウォーキング近郊のメイベリーに住むこと・流星のようなものがウォーキング近くに落ち、夜明けにオグルヴィがホーセル・コモンの砂取り場で見つけたこと・それが中空の人工の円筒で、蓋がゆっくり回って外されようとしていたこと・オグルヴィがウォーキングへ走って記者ヘンダーソンに知らせたこと・見物の人だかり・語り手が駅へ向かう場面) https://www.gutenberg.org/files/36/36-h/36-h.htm
- Wikipedia(日本語)「宇宙戦争 (H・G・ウェルズ)」(日本語訳の一覧・1915年の光用穆訳『科学小説 宇宙戦争』・1941年の『火星人との戦争』) https://ja.wikipedia.org/wiki/宇宙戦争_(H・G・ウェルズ)
- 国立国会図書館サーチ『宇宙戦争』創元SF文庫・中村融訳・2005年 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007762484
- 国立国会図書館サーチ『宇宙戦争』ハヤカワ文庫SF・斎藤伯好訳・2005年 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007694885
- 国立国会図書館サーチ『宇宙戦争』角川文庫・小田麻紀訳・2005年 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007762262
- 国立国会図書館サーチ『宇宙戦争』偕成社文庫・雨沢泰訳・2005年 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007828908
