『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル — 強制収容所を生きのびた精神科医が、心の動きを見つめた記録

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『夜と霧』という題名は、多くの方が一度は耳にしたことがあると思います。けれど、実際に開いたことがあるかと聞かれると、ためらう方も少なくないはずです。ナチス・ドイツの強制収容所の記録と聞けば、つらい場面ばかりが続く本を想像して、手が伸びにくくなるのは自然なことです。

この本を書いたのは、ウィーンの精神科医ヴィクトール・E・フランクルです。彼は自分自身が収容所に送られ、そこから生きて帰りました。そして、その体験を、ひとりの心理学者の目で振り返りました。何が起きたかを並べるだけでなく、そのとき人の心がどう動いたのかを、静かに見つめた本です。

日本では1956年に最初の翻訳が出て以来、長く読みつがれてきました。今回は、これから手に取る方に向けて、どんな体験から書かれ、どう組み立てられた本なのかを紹介します。本の後半で語られる考えの中身には、深く立ち入りません。そこは、ぜひご自身で読んで確かめてください。

どんな本か――作者と時代

ヴィクトール・エミール・フランクルは、1905年3月26日、当時のオーストリア=ハンガリー帝国のウィーンに生まれました。ウィーン大学で医学を学び、1930年に医学博士となった神経科医・精神科医です。

第二次世界大戦中の1942年、フランクルは家族とともにテレージエンシュタットの収容所へ送られました。父はそこで亡くなります。1944年にはアウシュヴィッツへ移され、母と兄弟のヴァルターはそこで命を奪われました。フランクル自身はさらにダッハウ収容所の支所であるカウフェリングIIIへ送られ、あわせて4つの収容所を経験しています。妻のティリーも、ベルゲン・ベルゼンの収容所でチフスにより亡くなりました。

この本は、フランクルがウィーンの病院(総合ポリクリニック)で神経科の長を務めていた時期に、わずか9日間で書き上げられたと伝えられています。原著はドイツ語で、もとの題は Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager。日本語にすれば「ある心理学者、強制収容所を体験する」といった意味です。刊行年は資料によって1946年とも1947年ともされています。のちのドイツ語版では、題の前に「それでも人生に然りと言う」という意味の言葉が加えられました。これは、ブーヘンヴァルト収容所の収容者が作った歌の一節に由来するとされています。

フランクルは1948年に哲学の博士号も取り、1955年にはウィーン大学の教授になりました。彼が打ち立てた心理療法は「ロゴセラピー」(生きる意味を軸に心の健康を考える心理療法)と呼ばれます。フランクルはこれを、ウィーンで生まれたフロイト、アドラーの心理療法に続く三つ目の流れ、「ウィーン第三の学派」と位置づけました。1997年9月2日、92歳でウィーンにて亡くなりました。

本はやがて英語にも訳され、1959年にアメリカで刊行されます。英題は当初 From Death-Camp to Existentialism でしたが、1962年に現在の Man's Search for Meaning に改められました。1991年には、アメリカ議会図書館などが行った調査で「アメリカで最も影響力のある10冊」のひとつに選ばれています。

この本の入り口――収容所の日々を「三つの段階」で見つめる

この本でフランクルは、収容された人々の心の動きを、大きく三つの段階に分けて見ていきます。

みすず書房の新版では、その段階が「収容」「収容所生活」「収容所から解放されて」という見出しで示されています。収容所に着いた直後の衝撃。そこでの暮らしに慣れていくなかで起きる、心の変化。そして、解放されたあとに訪れるもの。どの段階についても、フランクルは心理学者として、人の心がそのときどう動くのかを書きとめようとしています。

描かれているのは、たしかに過酷な日々です。ただ、この本の関心は、出来事そのものよりも、その中に置かれた人の心のほうに向けられています。そこが、この本の特色です。

英語版などでは、この体験記の第1部に続いて、第2部でフランクルのロゴセラピーの考え方が紹介されています。人が生きる意味を感じられるかどうかと、心の健康とのつながりを考える理論です。その考えが体験とどう結びついているのか――それは、ぜひ本で確かめてください。

読みどころ――「記録」であり、同時に「問いかけ」でもある

一つ目の読みどころは、書き手の立ち位置です。フランクルは被害を受けた当事者であると同時に、人の心を専門とする医師でもありました。苦しい状況のなかで人の心に何が起きるのかを、内側から、しかし観察者の目で描いている。この二つの視点が重なっていることが、この本ならではの読みどころです。

二つ目は、短さです。みすず書房の新版は、巻末の文章まで含めて184ページ。重い題材でありながら、手に取りやすい厚さです。一度に読みきろうとせず、少しずつ読み進めてもかまいません。

三つ目は、読む人それぞれに問いを返してくる本だということです。極限の状況を描いた本ですが、その問いは、収容所の外で暮らす私たちにも向けられているように読めます。何を受け取るかは、読む人の年齢や、そのときの状況によって違ってくるでしょう。学生のときに読んだ本を、大人になってもう一度開いてみる――そんな読み方にも向いた一冊です。

なお、この本には批判的な読み方もあります。英語圏の研究者からは、心の持ち方を強調することで、亡くなった人々があきらめてしまったかのように受け取られかねない、という指摘や、犠牲者への語り口に距離を感じさせる、という指摘が出されてきました。そうした議論があることも知ったうえで読むと、この本の受けとめ方がいっそう深まるはずです。

こんな人におすすめ

  • 題名は知っているけれど、重そうで手に取れずにいた人
  • 歴史の記録としてだけでなく、人の心の動きに関心がある人
  • つらい時期を過ごしていて、ほかの人がどう向き合ってきたのかを知りたい人
  • 心理学や心のケアの仕事に関わっている、または関心がある人
  • 学生時代に読んで、いまの自分の目でもう一度読み返してみたい人

邦訳・版の案内

日本語訳はみすず書房から出ており、新旧二つの訳がいまも並んで版を重ねています。

ひとつは、霜山徳爾訳『夜と霧 ―ドイツ強制収容所の体験記録―』です。初版は1956年で、1985年には新装版が出ています。訳者の霜山徳爾はドイツに留学していたときに原書と出会い、ウィーンにフランクルを訪ねて翻訳の許しを得ました。この旧版には、原書には無い解説と写真資料が加えられています。

もうひとつは、池田香代子訳『夜と霧【新版】』(2002年)です。フランクル自身が1977年に大きく手を加えた版をもとに訳し直したもので、旧版の解説や写真は外し、本文だけの構成に戻されています。巻末には、旧版の訳者・霜山徳爾の文章も収められています。邦題の『夜と霧』は、先に出た訳への敬意をこめて引き継がれました。この新版には電子書籍とオーディオブックもあります。

なお、『夜と霧』という題は原題の訳ではなく、日本語版で付けられたものです。ナチス・ドイツ時代の1941年に、政治犯を検挙するために出された総統命令の通称から取られています。

はじめての方は、本文だけを落ち着いて読める新版から入るのもよいでしょう。時代の背景もあわせて知りたい方は、解説と写真のある旧版を選ぶ手もあります。

急がず、ご自身の速さで読んでみてください。

English version of this review: Man's Search for Meaning

参考

  • Wikipedia「Viktor Frankl」(本名・生没年と生没地・生地が当時のオーストリア=ハンガリーのウィーンであること・神経科医で精神科医であったこと・ウィーン大学で1930年に医学博士・1948年に哲学博士・1955年に同大学の神経学と精神医学の教授・1942年に家族とともにテレージエンシュタットへ送られたこと・父がそこで亡くなったこと・1944年にアウシュヴィッツへ移され母と兄弟ヴァルターがそこで殺害されたこと・のちにダッハウの支所カウフェリングIIIへ送られたこと・4つの収容所を経験したこと・妻ティリーがベルゲン・ベルゼンでチフスにより亡くなったこと・ロゴセラピーの創始者でフロイト、アドラーに続く「ウィーン第三の学派」と位置づけたこと・本書をウィーンの総合ポリクリニック(General Polyclinic Hospital)の神経科の長を務めていた時期に9日間で書いたこと) https://en.wikipedia.org/wiki/Viktor_Frankl
  • Wikipedia「Man's Search for Meaning」(ドイツ語原題 Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager・1946年にウィーンで刊行とする記述・のちのドイツ語版で Trotzdem Ja zum Leben sagen が加わりブーヘンヴァルトの収容者の歌の一節に由来すること・英訳の初題 From Death-Camp to Existentialism と1959年に米国の Beacon Press から英語版が出たこと・第1部が収容所体験の分析で第2部がロゴセラピーの紹介であること・収容所に入った直後、収容所生活に慣れたあと、解放後という3つの心理的反応の段階を述べていること・1991年に米国議会図書館などの調査で米国で最も影響力のある10冊に選ばれたこと・1600万部と52言語・Middleton-Kaplan による「前向きな態度の強調は亡くなった人があきらめたことを含意する」という批判と、Langer による犠牲者への距離をとった語り口への批判) https://en.wikipedia.org/wiki/Man%27s_Search_for_Meaning
  • Wikipedia(日本語)「夜と霧 (文学)」(邦訳の一覧と訳者・出版社・刊行年・霜山訳には独自の解説と写真が付き池田訳には無いこと・邦題が1941年のナチスの命令「夜と霧」に由来すること・英題が1962年に Man's Search for Meaning に変わったこと・フランクルが1977年の改訂版で大きく手を加えたこと) https://ja.wikipedia.org/wiki/夜と霧_(文学)
  • Wikipedia(日本語)「夜と霧」(「夜と霧」がナチス・ドイツ時代に政治犯を検挙するために出された総統命令の通称であること) https://ja.wikipedia.org/wiki/夜と霧
  • みすず書房『夜と霧【新版】』(池田香代子訳・2002年11月5日発行・四六判184頁・底本は著者が1977年に改訂した版・邦題は先行訳に敬意を表して踏襲・原著初版を1947年、日本語版初版を1956年とする記述・本文が「収容」「収容所生活」「収容所から解放されて」の三段階で構成されること・巻末に霜山徳爾「旧版訳者のことば」と訳者あとがき・電子書籍とオーディオブックがあること・600万人を超える読者) https://www.msz.co.jp/book/detail/03970/
  • みすず書房「ヴィクトール・フランクル『夜と霧』」(旧版は1956年夏刊行で原書に無い解説と写真資料が加えられていたこと・訳者の霜山徳爾がドイツ留学中に原書に出会いウィーンで著者を訪ねて邦訳の許可を得たこと・新版は旧版の解説と写真を除き本文だけの構成に戻したこと・新旧両方の訳が版を重ねていること) https://www.msz.co.jp/topics/archives/03970.html
  • 国立国会図書館サーチ『夜と霧 : ドイツ強制収容所の体験記録』みすず書房・霜山徳爾訳・1985年(新装版) https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001724920
  • 国立国会図書館サーチ『夜と霧 : ドイツ強制収容所の体験記録』みすず書房・霜山徳爾訳・1956年 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000953200