『そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティー — 孤島に集められた十人の物語

この記事にはアフィリエイト広告(もしもアフィリエイト)のリンクが含まれます。

「見知らぬ招待主に呼ばれ、孤島に集められた人々」。ミステリーでよく見るこの設定を聞いたことがある人は多いでしょう。その代表として真っ先に名前が挙がる一冊が、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』(原題 And Then There Were None)です。

世界でもっとも売れたミステリー小説とされ、2007年までに1億部以上が売れたと言われています。題名は知っていても、まだ読んだことがないという方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。この本は結末を知らずに読むことにいちばんの価値がある小説なので、犯人や仕掛け、事件が起きたあとの展開には一切触れません。

どんな本か――作者と時代

作者のアガサ・クリスティーは、1890年9月15日にイングランド南西部デヴォン州のトーキーで生まれ、1976年1月12日にオックスフォードシャー州ウォリングフォードで亡くなりました。著書の売り上げは20億部を超え、「史上もっとも売れた小説家」と呼ばれています。1920年の最初の長編『スタイルズ荘の怪事件』で名探偵エルキュール・ポアロを登場させ、以後、数多くのミステリーを書きました。第一次・第二次の両世界大戦中には病院の調剤室で働き、そこで身につけた毒物の知識が、のちの作品に生かされています。

『そして誰もいなくなった』は、1939年に新聞や雑誌での連載を経て、同年11月6日にイギリスのコリンズ社(クライム・クラブ)から出版されました。アメリカでは翌1940年1月、ドッド・ミード社から刊行されています。イギリスでの初版は別の題名でしたが、その題名に差別的な言葉が含まれていたため、1985年以降は現在の『そして誰もいなくなった』がイギリスでも標準の題名になりました。

物語の入り口――招待状と、姿を見せない主人

舞台は、イングランド南西部デヴォン州の沖に浮かぶ小さな島。そこに建つ屋敷へ、オーエン夫妻という人物の名前で招待を受けた八人の男女がやってきます。退職した判事、医師、第一次世界大戦を戦った退役将軍、若い女性教師、年配の独身女性、裕福な青年――年齢も身分もばらばらで、互いに顔見知りでもない人たちです。

島で一行を迎えたのは、執事のロジャーズとその妻の家政婦。二人の話では、主人のオーエン夫妻はまだ到着していないといいます。客室にはそれぞれ古い童謡の詩が額に入れて飾られ、食堂のテーブルには十個の小さな人形が並んでいました。

やがて、書面で指示を受けていたロジャーズが、一枚のレコードを蓄音機にかけます。流れてきた声は、その場にいる十人一人ひとりの名前を挙げ、それぞれが過去に人の死に関わった罪を告発するものでした。

ここから何が起こるのかは、ぜひ本で確かめてください。

読みどころ――逃げ場のない舞台と、作者自身の自信作

まず、舞台そのものが読みどころです。本土から離れた小さな島、姿を見せない招待主、そして互いに初対面の十人。しかも全員が、見知らぬ声から過去の罪を名指しされたばかりです。誰がどこまで本当のことを言っているのか分からないまま、読者も彼らと同じ屋敷に閉じこめられたような気持ちでページをめくることになります。

次に、登場人物の顔ぶれです。立場も世代も違う十人が、どんな人物なのか少しずつ見えてくる過程にも、謎解きとは別の面白さがあります。

そして、この本はクリスティー自身が特別な思いを持っていた作品でもあります。筋立てと解決が複雑なため、自作の長編のなかでもっとも書くのが難しかったと語る一方、ほかのどの作品よりもよくできた仕事だとも考えていたそうです。映画・テレビ・ラジオ・舞台などに翻案された回数も、クリスティー作品のなかで最多とされています。

読み進めるときは、部屋に飾られた童謡や食堂の人形にも目を留めてみてください。

こんな人におすすめ

  • 「クローズド・サークル」(外部と行き来できない場所で事件が起きる形式)のミステリーが好きな人、その古典を読んでみたい人
  • 謎解きと同じくらい、見知らぬ人どうしが一つ屋根の下で向き合う緊張感を味わいたい人
  • 結末を知らないまま、一気読みできる本を探している人

邦訳は、早川書房のクリスティー文庫から青木久惠訳が出ています。2026年3月2日には、青木さんが文中の用語や文章のリズムを見直した〔改訳新版〕が刊行されました。

読み始めたら、できれば誰にも結末を聞かないまま、最後のページまでたどり着いてください。

English version of this review: And Then There Were None

参考

  • Wikipedia「Agatha Christie」(生没年・出生地・最初の長編・病院の調剤室での勤務) https://en.wikipedia.org/wiki/Agatha_Christie
  • Wikipedia「And Then There Were None」(英米の初版の刊行日と出版者・連載・題名の変更・舞台と登場人物・販売部数) https://en.wikipedia.org/wiki/And_Then_There_Were_None
  • 早川書房『そして誰もいなくなった〔改訳新版〕』クリスティー文庫・青木久惠訳 https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000322080/
  • PR TIMES 早川書房「『そして誰もいなくなった〔改訳新版〕』刊行!」(刊行日・改訳の内容・解説) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000054.000073162.html