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「ディストピア小説」と聞くと、分厚くて難しそうな本を想像するかもしれません。けれど、その代表作のひとつは、動物たちが主人公の、短い物語です。ジョージ・オーウェルの『動物農場』(原題 Animal Farm)。1945年にイギリスで出版され、いまも世界中で読みつがれています。
ブタやウマやヒツジが話し、集まり、自分たちの暮らしについて考える。見た目は童話のようでいて、読み終えたあと、ニュースや身の回りの出来事が少し違って見えてくる――そんな不思議な力をもった一冊です。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。中盤以降の展開や結末には触れません。
どんな本か――作者と時代
ジョージ・オーウェルはペンネームで、本名はエリック・アーサー・ブレア。1903年6月25日、当時イギリスの支配下にあったインドのモティハリで生まれました。生まれた土地は当時「ベンガル管区」というイギリス領インドの行政区分に属し、いまはインドのビハール州にあたります。そして1950年1月21日にロンドンで、46歳で亡くなりました。
オーウェルは、机の上だけで考える作家ではありませんでした。1936年から1939年にかけてスペインで起きた内戦では、共和国側(当時の政府を支持する側で、反乱を起こした国民派と戦いました)の兵士として実際に戦い、その体験を本にしています。亡くなる前年の1949年には、もうひとつの代表作『一九八四年』を発表しました。
『動物農場』が書かれたのは、第二次世界大戦のさなか、1943年11月から1944年2月にかけてです。この物語は、1917年のロシア革命とその後のスターリン時代を下敷きにした寓話で、オーウェル自身も「スターリンに対する風刺の物語」だと述べています。ところが当時のイギリスは、ソ連と手を組んでドイツと戦っていた時期でした。そのため原稿はイギリスで4つの出版社に断られ、その中にはオーウェル自身の本を出していた出版社も含まれていました。
ようやく出版されたのは、戦争が終わりに近づいた1945年8月17日。ロンドンのセッカー・アンド・ウォーバーグ社からでした。原題には「おとぎばなし(A Fairy Story)」という副題がついていましたが、翌1946年のアメリカ版ではこの副題が外されています。のちにアメリカの『タイム』誌が選んだ「英語で書かれた小説ベスト100(1923〜2005年)」に入り、1996年にはレトロ・ヒューゴー賞も受けました。レトロ・ヒューゴー賞とは、ヒューゴー賞を、50年・75年・100年前の年にさかのぼって選び直して贈る賞です。
物語の入り口――年老いたブタが見た「夢」
舞台は、イギリスのウィリンドンという土地の近くにある「荘園農場(マナー・ファーム)」です。農場主のジョーンズさんは、お酒に溺れていて、いいかげん。動物たちの世話は、すっかりおろそかにされています。
ある晩、品評会で賞をとったこともある年老いた雄ブタ、メージャー爺さん(原文では Old Major)が、農場の動物たちを呼び集めます。メージャー爺さんは、人間を追い出して、動物が動物のために生きる世界をつくろうと呼びかけます。そして、その夢を込めた一曲の歌を、仲間たちに教えるのです。
まもなくメージャー爺さんは世を去ります。残された動物たちのなかで中心になったのは、スノーボールとナポレオンという2頭のブタでした。彼らに率いられた動物たちはジョーンズさんを追い出し、農場の名前を「動物農場」に変えます。人間のいない、自分たちだけの農場が、こうして始まります。
ここからこの農場がどんな場所になっていくのか――それは、ぜひ本で確かめてください。
読みどころ――やさしい言葉で書かれた、大人のための寓話
一つ目の読みどころは、その「読みやすさ」です。原題に「おとぎばなし」とあるとおり、文章は平明で、登場するのは身近な家畜たち。難しい政治の用語はほとんど出てきません。歴史の知識がなくても物語として楽しめ、ロシア革命の歴史を知っていれば、もう一段深く読める。その二重の読み方ができるのが、この本の大きな魅力です。
二つ目は、登場する動物たちの描き分けです。まじめで働き者のウマ、弁の立つブタ、名前をもたず群れで声をそろえるヒツジ、どこか冷めた目で物事を見ている年寄りのロバ。一頭一頭が、私たちの社会にいる「あの人」のように感じられます。それぞれの性格や弱さを知るほど、自分がこの農場にいたらどうしただろう、と考えずにはいられません。
三つ目は、「ことば」への注目です。メージャー爺さんの演説と歌から始まるこの物語では、言葉が動物たちを動かす大きな力になります。言葉がどのように使われ、どのように受け取られるのか。オーウェルがこの短い物語で描いたテーマは、出版から80年がたったいまも古びていません。
短い作品なので、一晩か二晩で読み終えられます。気になった場面を何度でも開き直せる短さも、この本のよいところです。
こんな人におすすめ
- 『一九八四年』に興味はあるけれど、まず短い作品からオーウェルを読んでみたい人
- 歴史や政治に詳しくなくても、考えさせられる物語を読みたい人
- 中高生と一緒に、読んだあとに話し合える本を探している人
- 寓話や童話のかたちをとった、大人向けの物語が好きな人
邦訳・版の案内
『動物農場』はたくさんの訳者によって訳されてきました。いま手に取りやすい文庫には、次のようなものがあります。
岩波文庫からは、川端康雄訳『動物農場 ―おとぎばなし―』(2009年)が出ています。原題の副題を書名に残した訳です。ハヤカワepi文庫からは、山形浩生訳『動物農場〔新訳版〕』(2017年)。ちくま文庫からは、作家の開高健による訳(2013年刊)が出ており、開高健自身がオーウェルについて論じた文章も併せて収められています。さらに2025年には、角川文庫から田内志文訳『新訳 動物農場』も刊行されました。
同じ物語でも、訳によって動物たちの口調や言葉の手ざわりがずいぶん変わります。書店で最初の数ページを読みくらべて、しっくりくる一冊を選んでみてください。
動物たちが集まる最初の晩、あなたもきっと、メージャー爺さんの話に耳を傾けているはずです。
English version of this review: Animal Farm
参考
- Wikipedia「Animal Farm」(執筆期間・英国の4社に断られ、その中にオーウェル自身の出版社ヴィクター・ゴランツが含まれていたこと・初版の刊行日と出版社・原題の副題と米国版での削除・ロシア革命とスターリン時代を下敷きにした寓話であること・序盤の設定・登場する動物たちの性格(名前をもたないヒツジを含む)・Time誌の100冊とレトロ・ヒューゴー賞) https://en.wikipedia.org/wiki/Animal_Farm
- Wikipedia「George Orwell」(本名・生没年と生没地・スペイン内戦への参加・『一九八四年』の刊行年) https://en.wikipedia.org/wiki/George_Orwell
- Wikipedia「Spanish Civil War」(1936〜1939年・政府側の共和国派と反乱側の国民派の戦いであったこと) https://en.wikipedia.org/wiki/Spanish_Civil_War
- Wikipedia「Retro Hugo Award」(50年・75年・100年前の年を対象に贈られる賞であること) https://en.wikipedia.org/wiki/Retro_Hugo_Award
- Wikipedia(日本語)「動物農場」(日本語訳の一覧・訳者・出版社・刊行年) https://ja.wikipedia.org/wiki/動物農場
- 国立国会図書館サーチ『動物農場 : おとぎばなし』岩波文庫・川端康雄訳・2009年 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010470032
- 国立国会図書館サーチ『動物農場 : 新訳版』ハヤカワepi文庫・山形浩生訳・2017年 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I027803238
- 筑摩書房『動物農場』ちくま文庫・開高健訳・2013年・開高健の論考を併録 https://chikumashobo.co.jp/product/9784480431035/
- KADOKAWA『新訳 動物農場』角川文庫・田内志文訳・2025年 https://www.kadokawa.co.jp/product/322502000718/
