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古い屋敷の空き部屋に、大きな衣装だんすがひとつ。扉を開けて奥へ進むと、そこは雪の降る別の世界だった――。C・S・ルイスの『ライオンと魔女』(原題 The Lion, the Witch and the Wardrobe)は、「ナルニア国ものがたり」と呼ばれる全7巻のシリーズのうち、最初に世に出た一冊です。
映画で知っている方も多いと思いますが、原作は児童書として書かれた一冊で、構えずに読み始められます。子どものころに読んだきりの方にも、大人になってから読み返すと新しい発見がある作品です。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。中盤以降の展開や結末には触れません。
どんな本か――作者と時代
作者のC・S・ルイス(本名クライヴ・ステープルス・ルイス)は、1898年11月29日にアイルランドのベルファストで生まれ、1963年11月22日にイングランドのオックスフォードで亡くなりました。本業は英文学の研究者です。1925年から1954年までオックスフォード大学のモードリン・カレッジ(Magdalen College)でフェローを務め、1954年にはケンブリッジ大学のモードリン・カレッジ(つづりは Magdalene。オックスフォードの Magdalen とは別の学寮です)で、新しく設けられた中世・ルネサンス文学の教授職に就きました。
ルイスは、『ホビットの冒険』の作者J・R・R・トールキンの親しい友人でもありました。二人は「インクリングズ」と呼ばれるオックスフォードの文学仲間の集まりで、互いの作品を読み合っていたことで知られています。また、30代のはじめ、トールキンら友人たちの影響でキリスト教の信仰に立ち返ったことも、ルイスの人生の大きな出来事でした。
『ライオンと魔女』は、1950年10月16日にイギリスのジェフリー・ブレス社から出版されました。挿絵はポーリン・ベインズです。ルイスはこの本を、名づけ子のルーシー・バーフィールドのために書き、彼女に献じています。シリーズ7巻は1949年から1954年にかけて書かれました。
物語の生まれについて、ルイス自身は、雪の森で傘と包みを抱えて歩くフォーン(上半身が人で、下半身がヤギの姿をした森の住人)の絵が頭に浮かんだのがすべての始まりだった、という趣旨のことを語っています。また、第二次世界大戦が始まった1939年、ロンドンから疎開してきた子どもたちがルイスの家に滞在したことも、子どもという存在を見直すきっかけになったといわれます。
この本は今も広く読まれていて、2003年にイギリスのBBCが行った「ビッグ・リード」という愛読書の投票では9位に入りました。アメリカのTIME誌が選んだ「1923年以降に英語で書かれた小説ベスト100」にも名前があります。
物語の入り口――疎開先の屋敷と、衣装だんす
時代は1940年。ロンドンが空襲を受けていたころです。ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーのペベンシー家の4人きょうだいは、空襲を避けて疎開し、ディゴリー・カーク教授の住む田舎の大きな屋敷に預けられます。
広い屋敷は、探検にはもってこいです。きょうだいで屋敷の中を見て回っていたとき、末っ子のルーシーは、空き部屋に置かれた衣装だんすに入ってみます。奥へ奥へと進んでいくと、その先には、雪の広がる見知らぬ世界がありました。
そこでルーシーが出会うのが、フォーンのタムナスさんです。タムナスさんはルーシーを自分の住まいでのお茶に招き、この不思議な国「ナルニア」のことを話して聞かせます。ナルニアは「白い魔女」と呼ばれる者に支配されていて、いつまでも冬が終わらない国なのでした。
衣装だんすの向こうの世界に、ルーシーがどう関わっていくのか。そしてほかのきょうだいたちは――。題名の「ライオン」が何者なのかも含めて、ぜひ本で確かめてください。
読みどころ――ふだんの家の隣にある別世界
一つ目の読みどころは、入り口のさりげなさです。魔法の国への扉は、特別な呪文でも冒険の旅でもなく、どこの家にもありそうな衣装だんす。ふだんの暮らしのすぐ隣に、別の世界がひそんでいるかもしれない。この感覚が、多くの読者の心をつかんできました。
二つ目は、きょうだいそれぞれの描かれ方です。弟や妹のけんかをおさめる長男のピーター、長女のスーザン、きょうだいとうまくいかず、ルーシーをからかってばかりいる次男のエドマンド、そして最初にナルニアを見つける末っ子のルーシー。4人の性格の違いが、物語を動かしていきます。ふつうの家族と同じように、仲がいいばかりではないきょうだいだからこそ、読者は自分の家族を重ねて読むことができます。自分なら4人のうち誰に近いか、考えながら読むのも楽しいところです。
三つ目は、ポーリン・ベインズの挿絵です。初版から添えられてきた絵で、フォーンや雪の森の姿を、文章と一緒に思い描く手助けをしてくれます。挿絵つきの版で読むのがおすすめです。
そして、物語のおもしろさとは別に、ルイスが生きた時代の空気も感じられます。疎開という戦時下の現実から物語が始まることを知っておくと、子どもたちが田舎の屋敷で過ごす日々の意味が、少し違って見えてくるはずです。
こんな人におすすめ
- 映画でナルニアを知っていて、原作を読んでみたい人
- 『ホビットの冒険』や『指輪物語』が好きで、同じ時代のイギリスのファンタジーを読みたい人
- 子どもと一緒に読める、長すぎないファンタジーを探している人
- 子どものころに読んだ本を、大人になって読み返してみたい人
邦訳・版の案内
長く親しまれてきたのは、岩波書店の瀬田貞二訳です。日本語版ウィキペディアによれば1966年に岩波書店から出て、のちに改版されています。いま手に取りやすいのは岩波少年文庫の新版(2000年)で、原書と同じポーリン・ベインズの挿絵とともに読めます。
新しい訳もいくつか出ています。新潮文庫からは小澤身和子訳が2024年に「ナルニア国物語1」として出ています。光文社古典新訳文庫の土屋京子訳(2016年)は、『ライオンと魔女と衣装だんす』という題で、シリーズの「2」という番号がついています。また、角川文庫からは河合祥一郎訳が『ナルニア国物語1 ライオンと魔女と洋服だんす』という題で出ています(2020年)。
このように、版によって題名もシリーズの巻の番号も違います。どれも同じ作品ですので、探すときは原題か「ライオンと魔女」の名前を目印にしてください。
衣装だんすの扉を開けて、雪を踏みしめるルーシーの足音を聞いたら、もうナルニアの森の中です。
English version of this review: The Lion, the Witch and the Wardrobe
参考
- Wikipedia「The Lion, the Witch and the Wardrobe」(1950年10月16日にジェフリー・ブレス社から刊行・ポーリン・ベインズの挿絵・七部作で最初に出た巻・ルーシー・バーフィールドへの献辞・雪の森のフォーンの絵から始まったという作者の言葉・疎開の子どもたち・序盤の設定・BBCとTIME誌のリスト) https://en.wikipedia.org/wiki/The_Lion,_the_Witch_and_the_Wardrobe
- Wikipedia「C. S. Lewis」(本名・生没年と生没地・オックスフォードとケンブリッジでの職・トールキンとの交友とインクリングズ・32歳でのキリスト教(英国国教会)への回帰・七部作の執筆期間) https://en.wikipedia.org/wiki/C._S._Lewis
- Wikipedia「Inklings」(会合の主な目的が書きかけの作品の朗読と討論だったこと) https://en.wikipedia.org/wiki/Inklings
- Wikipedia(日本語)「ライオンと魔女」(日本語訳の一覧・訳者と出版年・角川文庫版の題名) https://ja.wikipedia.org/wiki/ライオンと魔女
- 国立国会図書館サーチ『ライオンと魔女 新版』岩波少年文庫・瀬田貞二訳(2000年6月)/ナルニア国ものがたり1・ポーリン・ベインズさし絵 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002905326
- 新潮社『ナルニア国物語1 ライオンと魔女』新潮文庫・小澤身和子訳(2024年11月28日発売・紹介文の序盤設定) https://www.shinchosha.co.jp/book/240661/
- 国立国会図書館サーチ『ナルニア国物語 新訳 1』角川文庫・河合祥一郎訳(KADOKAWA・2020年8月) https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I030557862
- 紀伊國屋書店『ナルニア国物語〈2〉ライオンと魔女と衣装だんす』光文社古典新訳文庫・土屋京子訳(2016年12月) https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784334753467
