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名探偵と聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのがシャーロック・ホームズでしょう。そのホームズが初めて読者の前に姿を見せたのが、アーサー・コナン・ドイルの長編『緋色の研究』(原題 A Study in Scarlet)です。相棒ワトスンとの出会いも、ベイカー街の下宿での共同生活も、すべてはこの一冊から始まりました。
映画やドラマ、漫画でホームズを知っている人は多くても、原作の第1作を読んだことのある人は意外と少ないかもしれません。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。推理小説ですので、犯人や謎解き、中盤以降の展開には一切触れません。
どんな本か――作者と時代
作者のアーサー・コナン・ドイルは、1859年5月22日にスコットランドのエディンバラで生まれ、1930年7月7日にイングランドのサセックス州クロウバラで亡くなりました。本業は医師で、1876年から1881年までエディンバラ大学で医学を学んでいます。ホームズの人物像には、大学時代の恩師で、観察と推論にすぐれた外科医ジョーゼフ・ベルの影響があったことを、ドイル自身が手紙で認めています。
『緋色の研究』は、ドイルが27歳のとき、3週間足らずで書き上げたとされる作品です。最初に載ったのは1887年の雑誌『ビートンのクリスマス年鑑(Beeton's Christmas Annual)』で、翌1888年7月に同じウォード・ロック社から単行本として出版されました。のちに世界中で読まれるシリーズの第1作は、クリスマス向けの雑誌の一編として世に出たのです。
物語の入り口――同居人探しと、空き家の死体
語り手は、医師のジョン・H・ワトスン。1881年、アフガニスタンでの戦争から帰国したワトスンは、ロンドンで手ごろな下宿を探していました。そこで旧知のスタンフォードから、「部屋代を折半できる相手を探している男がいる」と紹介されたのが、病院の化学実験室にいたシャーロック・ホームズです。
スタンフォードの話では、この男は、死後にどれくらい打ち身ができるかを確かめるために、解剖室の遺体を棒で叩いていたこともあるという変わり者。二人はベイカー街221Bで暮らし始めますが、ワトスンには、同居人が何を仕事にしている人物なのかがなかなか分かりません。
やがてホームズのもとに、スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)のグレグスンから手紙が届きます。ブリクストン通りのローリストン・ガーデンズにある空き家で、男の死体が見つかったというのです。現場にはグレグスンと、同じスコットランド・ヤードのレストレードが先に来ていました。そして部屋の壁には、血のように赤い文字で、ある言葉が書かれていました。ここから先は、ぜひ本で確かめてください。
読みどころ――最初のひと言と、名コンビの誕生
ホームズがワトスンと初めて顔を合わせたとき、握手をしながら口にするのがこの一文です。
You have been in Afghanistan, I perceive.
(アフガニスタンに行っておられましたね。)
初対面の相手の経歴を、何も聞かないうちに言い当ててしまう。なぜ分かったのか、ワトスンと一緒に首をかしげるところから、読者のホームズ体験は始まります。「見れば分かる」ことを一つずつ積み上げて結論に至る、あの推理の手つきが、第1作ですでにはっきりと描かれています。
もう一つの読みどころは、ワトスンの目から見たホームズの姿です。ワトスンは、同居人の知識がどれほど偏っているかを面白がって一覧表にしてしまいます。名探偵を「すごい人」としてだけでなく、「一緒に暮らすとちょっと困った人」としても描いているからこそ、二人の関係に親しみがわくのです。題名の「緋色の研究」という言葉の意味も、作中でホームズ自身が語ります。その場面を楽しみに読み進めてください。
こんな人におすすめ
- ドラマや映画でホームズを知っていて、原作の「はじまり」を読んでみたい人
- 謎解きだけでなく、登場人物どうしのかけ合いも楽しみたい人
- 長すぎない分量で、海外の古典ミステリーに入門したい人
邦訳はいくつもの出版社から出ています。たとえば新潮文庫(延原謙訳)や、光文社文庫の「新訳シャーロック・ホームズ全集」(日暮雅通訳)など。訳によって言葉づかいの印象がかなり違うので、書店で最初の数ページを読みくらべてから選ぶのがおすすめです。
実験室でのあの一言にどきりとしたら、もうホームズの世界に入りこんでいます。
English version of this review: A Study in Scarlet
参考
- Project Gutenberg「A Study in Scarlet by Arthur Conan Doyle」(eBook #244・本文と引用の原文) https://www.gutenberg.org/ebooks/244
- Wikipedia「Arthur Conan Doyle」(生没年・出生地・医学の修業・ジョーゼフ・ベル) https://en.wikipedia.org/wiki/Arthur_Conan_Doyle
- Wikipedia「A Study in Scarlet」(初出誌と刊行年・単行本の刊行・執筆の経緯) https://en.wikipedia.org/wiki/A_Study_in_Scarlet
- 新潮社『緋色の研究』新潮文庫・延原謙訳 https://www.shinchosha.co.jp/book/213405/
- 国立国会図書館サーチ『緋色の研究』光文社文庫(新訳シャーロック・ホームズ全集)・日暮雅通訳 https://ndlsearch.ndl.go.jp/en/books/R100000002-I000008239209
