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本が禁じられ、見つかれば燃やされてしまう世界。そんな未来を描いたのが、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』(原題 Fahrenheit 451)です。1953年にアメリカで出版され、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』と並んで、ディストピア小説(理想の社会に見えて、じつは息苦しい未来を描く物語)の代表作として読みつがれてきました。
題名は聞いたことがあっても、「本を燃やす話」という以上のことは知らない、という人も多いかもしれません。じつはこの小説は、大きな事件よりもまず、一人の男がある夜の出会いに小さな落ち着かなさを覚えるところから始まります。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。中盤以降の展開や結末には触れません。
どんな本か――作者と時代
作者のレイ・ブラッドベリは、1920年8月22日にアメリカのイリノイ州ウォーキーガンで生まれ、2012年6月5日にロサンゼルスで91歳で亡くなりました。14歳だった1934年に家族でロサンゼルスへ移り、ハリウッドに住みます。大学には進まず、高校を出てから約10年間、週に3日図書館へ通って独学しました。本人はのちに、28歳で「図書館を卒業した」と語っています。本を燃やす世界を描いた作家が、図書館で育った人だったというのは、なんとも印象的です。
『華氏451度』のもとになったのは、1951年2月に雑誌『ギャラクシー・サイエンス・フィクション』に載った中編「ザ・ファイアマン(The Fireman)」です。ブラッドベリはこれを、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のパウエル図書館の地下で、30分10セントの貸しタイプライターを使って書きました。約2万5,000語の最初の原稿にかかったのは9日間。出版社の編集者にすすめられ、さらに9日ほどかけて同じくらいの分量を書き足し、長編に仕上げています。
こうして1953年10月19日、バランタイン・ブックス社から出版されました。翌1954年にはアメリカ芸術文学アカデミーの文学賞を受け、2004年には、過去の作品にさかのぼって贈られる「レトロ・ヒューゴー賞」にも選ばれています。1966年にはフランソワ・トリュフォー監督が、2018年にはラミン・バーラニ監督が映画化しました。
ブラッドベリには、ほかにも 『火星年代記』(1950年)、『刺青の男』(1951年)、『たんぽぽのお酒』(1957年)などの代表作があります。2004年にはアメリカ国家芸術勲章を受け、2007年にはピュリツァー賞の特別表彰も受けました。
物語の入り口――本を燃やす「消防士」
題名の「華氏451度」は、本の紙に火がつき、燃えはじめる温度のこと。摂氏でいえば、およそ233度です(実際に紙が燃えはじめる温度は、紙の種類によって幅があるそうです)。
舞台は、名前の明かされない未来のアメリカの町。この世界では、本を持つことが法律で禁じられています。主人公のガイ・モンターグは「ファイアマン(消防士)」。といっても、火を消すのが仕事ではありません。隠された本を見つけ出し、本ごと、それを隠していた家ごと燃やしてしまうのが、この世界のファイアマンの仕事です。消防署には、本を隠している人を追いつめるための、八本脚の犬のような機械「機械猟犬」も控えています。
家に帰れば、妻のミルドレッドが、壁一面の大きなテレビ画面(作中では「パーラー・ウォール」と呼ばれます)に夢中になっています。モンターグは、自分の仕事にも暮らしにも、とくに疑問を持たずに生きてきました。
ところがある秋の夜、仕事から歩いて帰る途中で、モンターグは近所に住む十代の少女クラリス・マクレランと出会います。好奇心にあふれ、自分の頭で物事を考える彼女のふるまいに、モンターグはなぜか落ち着かない気持ちにさせられます。この出会いが、彼の中で何を変えていくのか――それはぜひ本で確かめてください。
読みどころ――燃える炎と、ゆらぐ心
一つ目の読みどころは、ブラッドベリの文章です。たとえが多く、言葉のリズムが心地よく、まるで詩を読んでいるような手ざわりがあります。炎の色や夜の空気が、目に浮かぶように描かれます。ストーリーを追うだけでなく、文章そのものを味わえるSFです。
二つ目は、「本が禁じられた世界」が、意外なほど静かに描かれていることです。人々は無理やり押さえつけられているというより、大きな画面の前で、何も考えずに毎日を過ごすことに慣れきっています。その姿は、70年以上前に書かれたとは思えないほど、画面に囲まれた今の私たちの暮らしにも重なって見えます。
三つ目は、主人公モンターグが、ごくふつうの人物として描かれていることです。彼は特別な英雄ではなく、本を燃やす仕事を毎日こなしている一人の消防士です。だからこそ読者は、彼の目を通して、この世界の「当たり前」を自然に見ることになります。そんな人が、ひとりの少女と出会う。その出会いが何を揺らすのかは、本で確かめてください。
こんな人におすすめ
- 『一九八四年』や『すばらしい新世界』と並ぶ、もう一つのディストピアの古典を読みたい人
- 本や図書館が好きで、「本を読むとはどういうことか」をあらためて考えてみたい人
- 長すぎない分量で、文章の美しいSFを探している人
邦訳・版の案内
日本では1956年に初めて訳されて以来、早川書房から宇野利泰訳が長く読まれてきました。いま手に取りやすいのは、2014年に出た伊藤典夫訳の新訳版で、ハヤカワ文庫SFに入っています。題名はどちらも『華氏451度』です。新しい訳で読みたいか、長年親しまれてきた訳で読みたいかで選んでみてください。
秋の夜道で、モンターグが一人の少女と出会う。その場面まで読んだら、あなたももう、この燃える世界の住人です。
English version of this review: Fahrenheit 451
参考
- Wikipedia「Fahrenheit 451」(1953年10月19日の刊行と出版社・もとになった中編「The Fireman」と掲載誌・執筆の経緯・題名の由来・舞台と序盤の設定・受賞・映画化) https://en.wikipedia.org/wiki/Fahrenheit_451
- Wikipedia「Ray Bradbury」(生没年月日と生没地・ロサンゼルスへの転居・図書館での独学・ほかの代表作の刊行年・アメリカ国家芸術勲章とピュリツァー賞特別表彰) https://en.wikipedia.org/wiki/Ray_Bradbury
- Wikipedia(日本語)「レイ・ブラッドベリ」(ほかの代表作の邦題) https://ja.wikipedia.org/wiki/レイ・ブラッドベリ
- Wikipedia(日本語)「華氏451度」(日本語訳の一覧・訳者・初訳の刊行年) https://ja.wikipedia.org/wiki/華氏451度
- 国立国会図書館サーチ『華氏451度』ハヤカワ文庫SF・伊藤典夫訳・2014年6月 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I025515939
