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「激しい愛の物語」と聞いて、身構えてしまう人もいるかもしれません。エミリー・ブロンテの『嵐が丘』(原題 Wuthering Heights)は、たしかに穏やかな恋愛小説ではありません。けれども、最初のページをめくると待っているのは、荒れ野の屋敷を訪ねた新しい借り手が、住人たちにまったく歓迎されずに戸惑う場面です。事情を知らない訪問者の目から、読者は物語に入っていきます。
1847年にイギリスで出版されたこの長編は、出た当時は「奇妙な本」とも評されました。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。結末や後半の展開には触れません。
どんな本か――作者と時代
作者のエミリー・ブロンテは、1818年7月30日にイギリス・ヨークシャーのソーントンで生まれ、1848年12月19日、ヨークシャーのハワースで30歳の若さで亡くなりました。6人きょうだいの5番目で、姉には『ジェイン・エア』を書いたシャーロット、妹には同じく作家となったアンがいます。生涯のほとんどを、荒れ野に囲まれたハワースの家で過ごしました。
三姉妹は1846年、それぞれカラー、エリス、アクトン・ベルという男性風の筆名で、詩集を自費出版します。翌1847年、エミリーは「エリス・ベル」の名で『嵐が丘』を世に出しました。刊行日は1847年11月24日、出版者はトマス・コートリー・ニュービーです。妹アンの『アグネス・グレイ』と組み合わせた3巻本で、『嵐が丘』が第1・2巻を占めていました。同じ年の10月には、姉シャーロットの『ジェイン・エア』が出版されてすぐに成功を収めています。
ただ、『嵐が丘』のほうは、出た当時の評判は割れました。多くの批評家がその力強さと想像力は認めつつも、筋がわかりにくい、登場人物が粗野で身勝手だと戸惑ったのです。作者のエミリーは出版の翌年に亡くなりました。出版社からの手紙によって二作目の長編に取りかかっていたことがうかがえますが、その原稿は見つかっていません。
題名の「wuthering」は、嵐のときの大気の荒れ狂うさまを表す、ヨークシャーの土地のことばです。日本語版Wikipediaによれば、ハワース近くの荒れ野にあった「トップ・ウィゼンズ」という廃屋の農家が、屋敷のモデルとされています。
物語の入り口――歓迎されない訪問者と、家政婦の語り
物語は1801年から始まります。語り手は、ロックウッドという紳士。彼はヨークシャーの荒れ野にある屋敷「スラッシュクロス・グレンジ」を借りて、新しく住みはじめたところです。
さっそく彼は、家主のヒースクリフにあいさつするため、丘の上に建つもう一つの屋敷「嵐が丘(ワザリング・ハイツ)」を訪ねます。ところが、そこにいる人々はそろって無愛想。家主のヒースクリフをはじめ、口数の少ない若い女性、召使いのジョウゼフ、粗野な若者ヘアトン――誰ひとり、客をもてなそうとしません。この人たちはどういう関係なのか。ロックウッドにはさっぱりわかりません。
再び訪ねた日、ロックウッドは雪に閉じこめられ、屋敷で一夜を過ごすことになります。通された部屋で彼が見つけたのは、キャサリン・アーンショーという人物が書き残した日記でした。そしてその夜、彼は奇妙な体験をします。
気になってしかたがないロックウッドに、家政婦のネリー(エレン)・ディーンが語りはじめるのが、二つの屋敷にまつわる昔の物語です。かつて嵐が丘の主人だったアーンショー氏は、ある日リヴァプールから身寄りのない男の子を連れて帰りました。その子が、ヒースクリフと名づけられます。ここから何が起こったのか――それはぜひ本で確かめてください。
読みどころ――入れ子の語りと、荒れ野そのものの存在感
一つ目の読みどころは、語りのしかけです。読者は、事情をなにも知らないロックウッドと同じ場所から物語に入り、ネリーの話を聞くことで少しずつ過去を知っていきます。さらに、日記や手紙、ほかの登場人物の語りも差しはさまれます。「誰が、どんな立場で語っているのか」を意識しながら読むと、同じ出来事がまったく違う色に見えてくる。その立体感は、ほかの恋愛小説ではなかなか味わえません。
二つ目は、登場人物たちの感情の激しさです。出版当時の批評家が戸惑ったように、この小説の人物たちは、上品にふるまうことを知りません。好きなものは好き、憎いものは憎い。その荒々しさは、読み手を不安にさせると同時に、どうしても目を離せなくさせます。「共感できる主人公」を探すのではなく、嵐を遠くから眺めるような気持ちで読むのがおすすめです。
三つ目は、舞台となる荒れ野そのものです。丘の上で風にさらされる嵐が丘と、谷間に守られたスラッシュクロス・グレンジ。対照的な二つの屋敷と、そのあいだに広がるヨークシャーの荒れ野は、ただの背景ではなく、人物と同じくらいの存在感で物語を動かしていきます。エミリーが生涯の多くを過ごしたハワースも、こうした荒れ野に囲まれた土地でした。
なお、登場人物には同じ名前や似た名前の人が何人か出てきます。読みはじめに、二つの家の簡単な家系図を手もとにメモしておくと、迷わずに読み進められます。
こんな人におすすめ
- 『ジェイン・エア』を読んで、ブロンテ姉妹の作品をもっと知りたくなった人
- 甘いだけではない、激しく、どこか不穏な恋愛小説を読んでみたい人
- 語り手のしかけや物語の構造に興味がある人
- 映画や舞台で名前は知っているけれど、原作を読んだことがない人
邦訳・版の案内
古くから多くの訳が出ていますが、いま手に取りやすい新しめの訳を三つ挙げます。
新潮文庫からは鴻巣友季子訳(2003年)が1冊で出ています。岩波文庫には河島弘美訳(2004年)の上下巻があります。光文社古典新訳文庫からは小野寺健訳(2010年)の上下巻が出ています。どれも同じ作品ですので、書店で冒頭の数ページを読み比べて、自分に合う語り口を選んでみてください。
雪の夜、ロックウッドが嵐が丘に閉じこめられたところで、あなたもきっと、ネリーの話の続きを聞かずにはいられなくなっています。
English version of this review: Wuthering Heights
参考
- Wikipedia「Wuthering Heights」(初版の刊行日・出版者・筆名エリス・ベル・『アグネス・グレイ』との3巻本・語り手の構成・序盤の設定・舞台のヨークシャーの荒れ野・初期の書評・"wuthering" の意味) https://en.wikipedia.org/wiki/Wuthering_Heights
- Wikipedia「Emily Brontë」(生没年と生没地・きょうだいの順・1846年の姉妹の詩集・二作目の長編の原稿が見つかっていないこと・1847年10月の『ジェイン・エア』) https://en.wikipedia.org/wiki/Emily_Bront%C3%AB
- Wikipedia(日本語)「嵐が丘」(日本語訳の一覧・訳者・刊行年・題名のモデルとされる廃屋) https://ja.wikipedia.org/wiki/嵐が丘
- 国立国会図書館サーチ『嵐が丘』新潮文庫・鴻巣友季子訳(2003年) https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004165717
- 国立国会図書館サーチ『嵐が丘 上』岩波文庫・河島弘美訳(2004年) https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004384165
- 光文社古典新訳文庫『嵐が丘(上)』小野寺健訳(2010年) https://www.kotensinyaku.jp/books/book98/
