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アメリカの小説で、世代をこえて読み継がれている一冊を挙げるなら、この本はまず外せません。ハーパー・リーの『アラバマ物語』(原題 To Kill a Mockingbird)。1960年に出版され、翌1961年にピュリッツァー賞の小説部門(アメリカで毎年、すぐれた報道や文学作品などに贈られる賞)を受けた長編小説です。これまでに3,000万部以上が売れ、40を超える言語に翻訳されてきました。
「人種差別を描いた重い名作」と聞いて、手に取るのをためらっている方もいるかもしれません。でも、この物語の語り手は、おてんばで口の達者な六歳の女の子です。話は、近所の「お化け屋敷」をめぐる肝だめしや、夏休みに遊びに来る友だちとのごっこ遊びから始まります。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。結末や後半の展開には触れません。
どんな本か――作者と時代
作者のハーパー・リーは、1926年4月28日にアメリカ南部アラバマ州のモンロービルで生まれ、2016年2月19日に同じモンロービルで亡くなりました。『アラバマ物語』は1960年7月11日、J・B・リッピンコット社から出版されています。物語の筋や登場人物は、作者が故郷モンロービルで見てきた家族や隣人たちの姿を、ゆるやかに下敷きにしているとされます。
物語の時代は1933年から1935年までの3年間。アメリカが大恐慌(アメリカを襲った深刻な不況)のさなかにあった時期です。南部の小さな町には、貧しさと、肌の色による厳しい隔てが、まだ当たり前のものとして残っていました。
物語の入り口――父と兄と、姿を見せない隣人
舞台はアラバマ州の架空の町メイコム。語り手のジーン・ルイーズ・フィンチ、通称スカウトは、兄のジェム、そして妻に先立たれた父アティカスと暮らしています。アティカスは町の弁護士です。家には、長く一家に仕えてきた黒人の料理人カルパーニアがいて、父といっしょに二人の子どもを育てています。
兄妹は、毎年夏になるとおばの家に泊まりに来る少年ディルと友だちになります。三人が夢中になるのが、近所の家に閉じこもったまま姿を見せない隣人、アーサー・“ブー”・ラドリーのうわさです。大人たちは彼のことをあまり話したがりません。だからこそ子どもたちは、怖がりながらも、どんな姿をしているのか、なぜ外に出てこないのかと想像をふくらませていきます。
そんな日々のなか、父アティカスが、白人女性への暴行の疑いをかけられた黒人男性の弁護を引き受けます。そのためにフィンチ家は、周囲の白人たちから反発を受けるようになります。この先に何が待っているのか――それはぜひ本で確かめてください。
読みどころ――子どもの目と、大人になった語り手の声
この小説のいちばんの特徴は、語り方の仕掛けにあります。出来事を見ているのは子ども時代のスカウトですが、それを語っているのは、大人になったスカウト自身です。子どもらしい素直な驚きと、大人になってから振り返る落ち着いたまなざしが一つの声に重なっていて、同じ場面が、笑える話にも、胸の痛む話にも読めます。
子どもには分からないことが、読者には分かってしまう。その「ずれ」があるからこそ、差別や偏見という重いテーマが、説教くさくならずに伝わってきます。
題名にも注目してください。原題を直訳すると「ものまね鳥(マネシツグミ)を殺すこと」。なぜこの鳥が題名になっているのかは、作中の大人たちの言葉のなかで語られます。その意味を頭の片隅に置いて読むと、登場人物の一人ひとりが違って見えてくるはずです。
こんな人におすすめ
- 子どもの目線で語られる、成長の物語が好きな人
- アメリカの歴史や人種差別の問題を、教科書ではなく物語を通して知りたい人
- 映画版『アラバマ物語』を観たことがあり、原作も読んでみたい人
邦訳は、暮しの手帖社から菊池重三郎訳の『アラバマ物語』が出ています。日本語訳の刊行は1964年で、長く読まれてきた定番の訳です。2023年には早川書房から、上岡伸雄による新訳『ものまね鳥を殺すのは ―アラバマ物語〔新訳版〕―』も出ました。新訳は題名を原題に近づけていますが、同じ作品です。書店で冒頭を読みくらべて、しっくりくる訳を選ぶのがいちばんです。
最初の数章で、スカウトたちと一緒にラドリー家の前を息をひそめて駆け抜けたくなったら、あなたはもうメイコムの町の住人です。
English version of this review: To Kill a Mockingbird
参考
- Wikipedia「To Kill a Mockingbird」(刊行日・出版者・舞台と時代・序盤の設定・販売部数と翻訳言語数) https://en.wikipedia.org/wiki/To_Kill_a_Mockingbird
- Wikipedia「Harper Lee」(生没年・出身地・ピュリッツァー賞の受賞年・故郷での見聞が作品の下敷きになったこと) https://en.wikipedia.org/wiki/Harper_Lee
- 暮しの手帖社『アラバマ物語』菊池重三郎訳(訳者・日本語訳の初刊年) https://www.kurashi-no-techo.co.jp/books/b_1006.html
- 早川書房『ものまね鳥を殺すのは ―アラバマ物語〔新訳版〕―』上岡伸雄訳(訳者・発売日・紹介文) https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000614327/
