『ライ麦畑でつかまえて』サリンジャー — 16歳の長い週末を、本人の声で

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題名だけは知っている、という人がとても多い小説です。J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』(原題 The Catcher in the Rye)。1951年にアメリカで出版された長編小説で、英語版 Wikipedia によれば、毎年およそ100万部が売れ、累計は6,500万部を超えています。

「青春小説の古典」と紹介されることが多い本ですが、読んでみると、教科書的な名作とはまるで違う手ざわりに驚くはずです。語り手の少年が、読者に向かってえんえんと話しかけてくる――それがこの小説のすべてといってもいいくらいです。今回は、はじめて読む方に向けて、物語の入り口と読みどころを紹介します。後半の展開や結末には触れません。

どんな本か――作者と時代

作者のジェローム・デイヴィッド・サリンジャーは、1919年1月1日にニューヨークで生まれ、2010年1月27日にニューハンプシャー州コーニッシュで91歳で亡くなりました。第二次世界大戦に従軍し、ノルマンディー上陸作戦の日にはユタ・ビーチにいたと記録されています。

『ライ麦畑でつかまえて』は、1951年7月16日にリトル・ブラウン社から出版されました。じつは主人公のホールデンは、1946年にアメリカの有名な雑誌『ニューヨーカー』に載った短編にもすでに登場していました。出版後、作者は世間の注目を避けるように、1953年にニューヨークからコーニッシュへ移り住みました。その後も『ナイン・ストーリーズ』『フラニーとズーイ』などを発表しましたが、1965年を最後に作品を発表しなくなります。

一方でこの本は、乱暴な言葉づかいなどを理由に、アメリカの学校や図書館で、「置かないでほしい」と何度も抗議されてきた歴史もあります。1961年から1982年にかけては、アメリカの高校と図書館で、もっとも多く撤去や抗議の対象になった本(英語では censored と表現されます)だったとされています。

物語の入り口――クリスマス前、寮を出た少年

主人公で語り手のホールデン・コールフィールドは16歳。ペンシルベニアにある全寮制の名門校ペンシー校で、英語以外の科目をすべて落とし、退学が決まっています。時期はクリスマスの少し前。退学の知らせが実家の両親に届くのは、水曜日のはずです。

学校で過ごす最後の夜、ルームメイトとのいざこざの末に、ホールデンは荷物をまとめ、その夜のうちに学校を出てしまいます。まっすぐ家には帰らず、列車で向かった先はニューヨーク。家族には内緒のまま、水曜日までは家に近寄らないつもりです。こうして、ひとりの少年の、長い週末が始まります。

その数日間に彼が誰と会い、何を思うのか――それはぜひ本で確かめてください。

読みどころ――止まらない一人語り

最大の読みどころは、なんといってもホールデンの語り口です。大人の偽善や、まわりの人の見栄っぱりなところに次々と文句をつけ、話はしょっちゅう脱線し、同じ言いまわしを何度もくり返す。最初は「なんて口の悪い子だろう」と思うかもしれません。

ところが読み進めるうちに、その悪口の奥から、うまく言葉にできない寂しさや、家族、とりわけ妹のフィービーへの思いがにじんできます。強がりと傷つきやすさが一つの声の中に同居している――その揺れを、本人の口調のまま追いかけられるのが、この小説の特別なところです。

こんな人におすすめ

  • 登場人物の「声」が聞こえてくるような、一人称の小説が好きな人
  • 十代のころ、まわりの大人や友だちに、うまくなじめなかった覚えがある人
  • 有名な題名だけ知っていて、中身を一度たしかめてみたい人

白水社からは二つの訳が出ています。一つは野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』で、1964年に白水社から刊行され、いまは新書判の白水Uブックスで読めます。もう一つは、2003年に出た村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』で、こちらにも新書判のペーパーバック・エディションがあります。題名が違っても同じ作品です。語り口がこの小説の命なので、書店で数ページずつ読みくらべて、しっくりくる訳を選ぶのがおすすめです。

最初の数ページで、ホールデンの愚痴につい笑ってしまったら、もうこの本の世界に入りこんでいます。

English version of this review: The Catcher in the Rye

参考

  • Wikipedia「The Catcher in the Rye」(刊行日・出版社・先行する短編・舞台と序盤の設定・発行部数・米国での閲覧制限の歴史) https://en.wikipedia.org/wiki/The_Catcher_in_the_Rye
  • Wikipedia「J. D. Salinger」(生没年月日・第二次世界大戦での従軍・コーニッシュへの転居・その他の著作) https://en.wikipedia.org/wiki/J._D._Salinger
  • Wikipedia「Holden Caulfield」(作中での主人公の年齢・きょうだい) https://en.wikipedia.org/wiki/Holden_Caulfield
  • Wikipedia「ライ麦畑でつかまえて」(日本語訳の一覧・野崎孝訳の初刊1964年・村上春樹訳2003年) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E9%BA%A6%E7%95%91%E3%81%A7%E3%81%A4%E3%81%8B%E3%81%BE%E3%81%88%E3%81%A6
  • 白水社『ライ麦畑でつかまえて』白水Uブックス・野崎孝訳 https://www.hakusuisha.co.jp/book/b205511.html
  • 白水社『キャッチャー・イン・ザ・ライ』ペーパーバック・エディション・村上春樹訳 https://www.hakusuisha.co.jp/book/b206346.html