『二都物語』チャールズ・ディケンズ — ロンドンとパリ、革命前夜の二つの都をむすぶ物語

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「それは最良の時代であり、最悪の時代でもあった」。英語で書かれた小説の書き出しのなかでも、とりわけよく知られた一節です。この言葉で始まるのが、チャールズ・ディケンズの『二都物語』(原題 A Tale of Two Cities)。題名の「二つの都」とは、ロンドンとパリのこと。フランス革命へと向かう時代の、二つの都市を行き来する人々を描いた歴史小説です。

名前は聞いたことがあっても、「古典の長編は手ごわそう」と感じている方も多いかもしれません。実は、この作品は週刊の雑誌に少しずつ連載された小説です。一度に全部を読み通すのではなく、一回分ずつ読み進めるつもりで手に取ると、ぐっと入りやすくなります。今回は、はじめて読む方に向けて、作者と時代、物語の入り口、そして読みどころを紹介します。中盤以降の展開や結末には触れません。

どんな本か――作者と時代

作者のチャールズ・ディケンズは、1812年2月7日にイングランド南部のポーツマスで生まれ、1870年6月9日にケント州のハイアムで亡くなりました。ヴィクトリア朝(19世紀のイギリス)を代表する小説家で、多くの人から「この時代でもっとも偉大な小説家」と評されています。

その出発点は、決して恵まれたものではありませんでした。1824年、父親が借金のためにロンドンの債務者監獄に入れられ、ディケンズ自身も12歳で学校をやめて、靴墨の工場で働いています。この経験は、のちの作品で、貧しい人々や社会の不公平を描く視線につながっていきます。

作家としては、1836年に連載が始まった『ピクウィック・クラブ』で人気を得て、1838年に『オリヴァー・ツイスト』、1843年に『クリスマス・キャロル』を発表しました。後年には、求めに応じて自作を朗読して回る旅も行っています。

『二都物語』は、ディケンズ自身が1858年に創刊した週刊誌『オール・ザ・イヤー・ラウンド』に連載されました。第1回が載ったのは1859年4月30日、最終回は同じ年の11月26日で、全31回。並行して、緑色の表紙の月刊分冊としても売り出されています。

執筆のきっかけには、二つの源があったとされます。ひとつは、友人の作家ウィルキー・コリンズの劇『The Frozen Deep』。ディケンズはこの劇に自ら出演し、その経験から『二都物語』の着想を得たといわれます。もうひとつは、歴史家トマス・カーライルの『フランス革命史』で、作品の言葉づかいや象徴的なイメージに大きな影響を与えました。

物語は三部に分かれています。第一部「よみがえる(Recalled to Life)」、第二部「金の糸(The Golden Thread)」、第三部「嵐の跡(The Track of a Storm)」。題名の訳し方は、訳書によって少しずつ異なります。

物語の入り口――ドーヴァー街道の夜と「よみがえる」という返事

物語の幕が開くのは1775年。冒頭の章では、まずイギリスとフランス、二つの国がどんな時代にあったのかが、語り手によって大きく描かれます。

続く場面は、11月の夜、ロンドンからドーヴァーへ向かう郵便馬車です。ぬかるんだ坂道を進む馬車に、後ろから馬で追いかけてくる者がいます。使いの男ジェリーが届けにきたのは、乗客の一人への短い伝言でした。受け取ったのは、ロンドンのテルソン銀行に勤めるジャーヴィス・ローリー。彼はこの伝言に、「よみがえる(Recalled to life)」という、なんとも謎めいた言葉で返事をします。

その意味は、ドーヴァーの宿で明らかになります。ローリー氏がそこで会うのは、若い女性ルーシー・マネット。彼女は、亡くなったと思っていた父親、マネット医師が実は生きていたことを知らされます。医師は、パリにあった牢獄バスティーユに、18年ものあいだ閉じこめられていたのでした。

二人が向かう先は、パリの下町、サン・タントワーヌ地区。そこには、かつて医師に仕えていたドファルジュと、その妻が営む酒場があります。店の前の通りでは、ちょうど大きな酒樽が落ちて割れ、人々がこぼれたワインに群がっているところでした。この短い場面には、パリの人々の暮らしの貧しさと、町に漂う不穏な空気が、たった数ページで凝縮されています。

長い年月を獄中で過ごした父親と、その父に初めて会おうとする娘。二人の再会がどんなものになるのか。そして、やがて物語に加わる二人の青年――フランスからイギリスに渡ってきた亡命貴族チャールズ・ダーネイと、弁護士シドニー・カートン――が、この親子とどう関わっていくのか。ここから先は、ぜひ本で確かめてください。

読みどころ――二つの都市を行き来する構成と、群衆の描写

一つ目の読みどころは、題名どおりの構成です。物語の舞台は、落ち着いた銀行や法廷のあるロンドンと、不満が煮えたぎるパリとを、何度も行き来します。同じ時代に、海峡をはさんだ二つの都市でまったく違う空気が流れていることが、場面の切り替えによってくっきりと浮かび上がってきます。

二つ目は、群衆の描き方です。ディケンズは一人ひとりの登場人物を生き生きと描く作家として知られていますが、この作品では、名もない大勢の人々の動きそのものが、ひとつの登場人物のように迫ってきます。先に触れた酒樽の場面は、その代表です。カーライルの歴史書から受けた影響は、こうした場面の力強さにも表れています。

三つ目は、連載小説ならではの読み味です。一回分ごとに、謎や予感を残して場面が終わるので、気づけば次の章へと手が伸びます。冒頭のローリー氏の「よみがえる」という返事のように、最初は意味の分からない言葉や出来事が、少しずつ意味を帯びてくる。その感覚を味わいながら読み進めるのがおすすめです。

なお、登場人物はそれなりに多いので、はじめのうちは主な人物の名前をメモしておくと、途中で迷わずに読めます。

こんな人におすすめ

  • フランス革命の時代を舞台にした物語を読んでみたい人
  • 有名な書き出しは知っているけれど、本編を読んだことがない人
  • ディケンズを『クリスマス・キャロル』の次に読んでみたい人
  • 歴史の大きな流れのなかで、ふつうの人々がどう生きたかに関心がある人

邦訳・版の案内

1928年の柳田泉訳をはじめ、多くの訳が出ており、いまでも複数の訳で読むことができます。

新潮文庫からは加賀山卓朗訳が出ています(2014年刊)。書籍ページによれば、初版本の挿絵が収められています。光文社古典新訳文庫からは池央耿訳が、上下2巻で出ています(2016年刊)。

訳書によって、人名の表記や各部の題名の訳し方が違うことがあります(たとえば同じ人物が、新潮文庫の紹介文では「ダーネイ」、日本語版ウィキペディアでは「ダーニー」と書かれています)。名前が違っても同じ人物ですので、安心して読み進めてください。最初の数ページを読みくらべて、自分に合う訳を選ぶのがおすすめです。

夜のドーヴァー街道で交わされた「よみがえる」という一言から、二つの都をめぐる長い物語が動きはじめます。

English version of this review: A Tale of Two Cities

参考

  • Wikipedia「A Tale of Two Cities」(雑誌『オール・ザ・イヤー・ラウンド』での週刊連載の期間と回数・月刊分冊・三部の題名・序盤の設定・コリンズの劇『The Frozen Deep』とカーライル『フランス革命史』の影響・「2億部」説に出典がないこと) https://en.wikipedia.org/wiki/A_Tale_of_Two_Cities
  • Wikipedia「Charles Dickens」(生没年と生没地・少年時代の靴墨工場・父の債務者監獄・主な作品の刊行年・朗読旅行・『オール・ザ・イヤー・ラウンド』の刊行期間) https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Dickens
  • Project Gutenberg「A Tale of Two Cities by Charles Dickens」(第一部の章立て・1775年11月のドーヴァー街道・伝言と返事・酒樽の場面・冒頭の一節の原文) https://www.gutenberg.org/ebooks/98
  • Wikipedia(日本語)「二都物語」(1928年の柳田泉訳をはじめとする日本語訳の一覧・訳者・刊行年・人名表記「ダーニー」) https://ja.wikipedia.org/wiki/二都物語
  • 新潮社『二都物語』新潮文庫・加賀山卓朗訳(2014年5月発売・初版本の挿絵を収録・内容紹介でのダーネイとカートンの紹介・人名表記「ダーネイ」) https://www.shinchosha.co.jp/book/203014/
  • 紀伊國屋書店『二都物語〈下〉』光文社古典新訳文庫・池央耿訳(2016年3月) https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784334753276